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第50話灰かぶり姫と公爵の仲睦まじさに、エドワード王子の嫉妬は止まらない(王子闇堕ち)

リチャードの冷徹な正論と、アシュリンの容赦ないトドメの一撃で、エドワード王子はそれ以上言葉を返すことができなかった。


「……くっ、今日はこのくらいにしておいてやる! 覚えていろよ、リチャード!」

お決まりの捨て台詞を吐き捨て、エドワード王子は真っ赤な顔をして応接室の扉を乱暴に開け、逃げるように廊下へと飛び出していった。

その背中を見送り、アシュリンはホッと胸を撫で下ろした。


「……行かれましたわね。リチャード、ありがとうございました」

言いながら、リチャードの方へ向き直ろうとした、その時だった。

張り詰めていた緊張が一気に緩んだせいか、アシュリンは自分のドレスの裾に、うっかり自分の足を引っ掛けてしまった。


「あ、あら……? っととと!?」

「おっと、危ない!」


盛大にバランスを崩したアシュリンの身体は、引き戻されるようにリチャードの胸へと真っ直ぐに倒れ込んだ。

どさむっ、とリチャードの広い胸板に衝突する。


リチャードは、迫り来るアシュリンをその腕できっちりと受け止めた。

が、次の瞬間、彼の全身の筋肉がガチガチに硬直した。先ほどまで王子を冷徹に睨みつけていた「完璧な公爵」の仮面が、一瞬で粉々に砕け散る。衣服越しに伝わるアシュリンの柔らかい熱と甘い香りに、彼の心臓はドラムの早叩きのような大爆走を始めていた。


一方、リチャードの胸に顔を埋める形になったアシュリンもまた、あまりの衝撃に息を呑んでいた。

さっき湖畔で彼の肉体美を見てしまった時の、あの胸のドキドキが、今度は彼の温かい体温と共にダイレクトに押し寄せてくる。

彼の服を掴む自分の指先が、恥ずかしいほどに熱い。アシュリンはリチャードの胸に抱かれたまま、己の中に芽生えた正体不明の恋心に翻弄され、ただただ、潤んだ瞳でうっとりとリチャードを見上げていた。


――そして。

その、どう見ても互いを想い合う完璧な恋人同士にしか見えない極甘な光景を、廊下の角を曲がる直前に、ふと振り返ったエドワード王子はバッチリと目撃してしまったのである。


「な……っ、あ、あいつら……っ!!」

エドワード王子はあまりの衝撃に血の涙を流しそうなほど顔を歪めると、今度こそ限界を超えた足取りで、館の外へと飛び出していった。

館の前に待たせていた王家の馬車に、扉が壊れんばかりの勢いで飛び込む。


「出せ! 今すぐ出せェッ!!」


御者に怒鳴り散らし、馬車がガタガタとブラックウッド別邸を後にする。

車内に一人残されたエドワード王子は、リチャードへの激しい怒りと嫉妬で、狂ったように愚痴を吐き散らし始めた。


「クソっ! リチャードの奴め、リチャードの奴めぇッ!! 公爵と言っても、国王陛下が今のお后様と結婚する前に、違う女性との間に作った婚外子の分際のくせに……! 父上の血を引いているとはいえ、生意気にもほどがあるぞ!」


拳で馬車の壁を何度も殴りつける。端正だった彼の顔は、今や醜い嫉妬と憎悪で真っ黒に染まっていた。


「今に見ていろ……! 私が国王になった暁には、あいつの爵位も領地もすべて剥奪し、アシュリン嬢の前で這いつくばらせてやる……! 私を誰だと思っているんだ、この国の正統なる王子だぞ……っ!!」


普段は、粘着質でナルシスト。ただそれだけの愛すべき馬鹿王子。

だが、恋の嫉妬というものは、人をこれほどまでに黒く、醜くするものなのだ。


どす黒い情念を車内に充満させ、エドワード王子はなおも拳を震わせる。

王家の紋章を掲げた馬車は、主の激しい怒りを乗せたまま、林道へと差し掛かっていた。

その時である。


――ヒュオオオオッ、と。

不自然なほど強い一陣の突風が吹き抜けた。

風は、林道の茂みに落ちていた「一枚の紙切れ」を巻き上げると、まるで意志を持っているかのように、猛スピードで走る馬車の前方へとフワフワと舞い上がっていく。


「ヒヒィーーーーンッ!?」

突然、先頭を走る白馬が狂ったような悲鳴を上げて前脚を跳ね上げた。

上空から凄まじい精度で降ってきたその紙切れが、こともあろうに、馬の顔面を真っ正面から完全に塞ぐ形で、ピッタリと貼り付いてしまったのだ。


「うおっと!? どうどう! どうどう!!」

視界を奪われパニックになった馬を止めようと、御者が必死に手綱を引く。


キキィーーーッ!! と、凄まじい衝撃と共に馬車がその場に急停車した。

車内で怒り狂っていたエドワード王子は、心の準備をする暇もなく、前の座席へと派手に転がり落ちて顔面を強打した。


「い、痛たたっ……! 何事だ、一体全体何が起きたというのだ! 御者、説明しろッ!」


鼻頭を押さえ、涙目になりながらエドワード王子は馬車の扉を乱暴に開けて外へと飛び出した。

するとそこには、ようやく落ち着きを取り戻した馬の顔面から、ハラリと地面に落ちる「紙切れ」があった。


「おのれ、我が王家の馬車を止めた不届きな障害物め……! 一体何だ、これは!」


エドワード王子は怒りにまかせて地面の紙を拾い上げ、乱暴に泥を払って、その内容を睨みつけた。

そこに書かれていたのは、怪しげなフォントで躍る『大人のメルヘンサロン』という文字と、禁断の扉へと誘う淫靡な売り文句の数々だった。


その頃。

ブラックウッド別邸の廊下では、リチャードへのときめきで胸筋(大胸筋)がパンクしそうになっていたアシュリンが、ふと自分の胸を押さえて気がついた。

「(あら……? 入れていた、あのチラシがありませんわ)」


他の場所にしまったのかと思い、ドレスのあちこちを探ってみたが、どこにも見当たらなかった。どうやら、ブラックウッド別邸への帰宅途中でどこかへ落としてしまったらしい。


森の魔女は、上客を紹介してくれるようにとアシュリンに頼んであのチラシを渡したのだが、アシュリンが紹介できるような上客など、それこそリチャードくらいしか思い浮かばなかった。


「(メンズエステなんて怪しげなものに頼らなくても、リチャードの身体には、すでに極上の一級品バルクが備わっていますもの。あんなもの必要ありませんわよね!?)」


アシュリンは、リチャードの横顔をそっと見つめ、小さく微笑んだ。


まさか、あの淫靡なチラシをエドワード王子が拾ってしまった挙句、それがのちに、国を揺るがす『エドワード王子の廃嫡騒動』へと繋がっていくなどとは、この時の彼女は露程も想像していなかったのである。

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