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第43話 灰かぶり姫の力の制御修行第一弾『鈴の音』

「……ダイバダッタ老師。これは一体、何のトレーニングですの?」


ブラックウッド公爵邸の裏手にある練武場。アシュリンは、手首、足首、さらには腰に至るまで、銀色の小さな鈴がびっしりと取り付けられている。少し指先を動かすだけで「チリン……」と可憐な音が響いた。


「若き乙女よ。貴殿の歩みは、大地を砕く地響きに等しい。それは力が漏れておる証拠じゃあ。……今日から三日間、その鈴を一回も鳴らさずに、この練武場を端から端まで歩き通すがよい」

「鳴らさずに……!? 老師、私は滝に打たれるとか、瞑想とか、そういう修行を想像していたのですけれど!」

「……真のバルクは、静寂の中にこそ宿る。鈴が鳴るのは、筋肉が制御を失った悲鳴じゃあ」


ダイバダッタはヨボヨボの体を竹の杖で支えながらも、音もなくスーッと歩き、そのまま座禅を組んで目を閉じた。

アシュリンはゴクリと唾を呑み、静かに自分の拳を見つめた。


「(……確かに、屋敷を壊した時も、私の筋肉はあふれるパワーを御しきれていませんでしたわ。真の力を手に入れるためには、この繊細な銀の音をねじ伏せなければならないのですわね……!)」


アシュリンは決意を固めた。

だが、現実は想像を絶する過酷さだった。練武場の一歩を踏み出そうとするだけで、

「チリン!」「チリリリン!」と、無慈悲な音が鳴り響く。


「……くっ! 大腿四頭筋の収縮が早すぎますわ! もっとゆっくり……、羽毛が舞い降りるように……!」


中腰のまま数センチずつ、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら移動するアシュリン。

そこへ、様子を見に来たリチャードが姿を現した。


「アシュリン嬢、調子はどうかな……っ!?」

リチャードの目に飛び込んできたのは、全身を鈴で飾り立て、必死の形相で虚空を睨みながら、異様なスローモーションで動くアシュリンの姿だった。


「(な……。なんなんだ、あの姿は……!?)」


笑ってはいけない。

紳士たるもの、懸命に修行に励む淑女の行動を笑うなど、絶対にあってはならないことだ。

リチャードは必死に顔の筋肉を引き締め、笑いを堪えた。だが、その肩は隠しきれずに小刻みに震えている。


一方、リチャードに見守られていると気づいた瞬間、アシュリンの動揺は限界値オーバーワークを突破した。


「リ、リチャード……!!」

羞恥心によって全身の筋肉が急激に収縮し、反射的に体が跳ね上がってしまった。

ガチャン! ガシャンガシャン!!

銀の鈴たちが一斉に悲鳴を上げた。

それはもはや、風情ある鈴の音などではない。建築資材が崩落したかのような激しい「騒音」となって、静かな練武場に鳴り響いた。

騒音の余韻が響く中、アシュリンは真っ赤な顔でその場にしゃがみ込んだ。


「……リチャード。今のは、その、重力と筋肉の摩擦による不測の事態ですわ……!」


リチャードはようやく我に返ると、口元を拳で隠しながら、震える声で答えた。


「あ、ああ……。熱心なのは良いことだ。だが、その、あまり無理はしないでくれ。その『騒音』……いや、修行に差し障るといけないから、私は失礼するよ」


リチャードが足早に去っていく後ろ姿を見送りながら、アシュリンはその場にがっくりと膝をついた。


「(……終わりましたわ。レディとしての淑やかなイメージが、今のガシャガシャ音と共に粉砕されましたわ……!)」


そもそもアシュリンには、粉砕されるような「淑やかなイメージ」など最初から存在していない。

リチャードどころか、屋敷の使用人全員が彼女の「本性」を筋肉ごと把握しているのだ。

それなのに、鈴の音一つで淑女のイメージが崩壊したと本人は、本気で思っていたのだ。アシュリンの自己認識は、彼女の筋肉と同じくらい強固で、かつどこまでもポジティブだった。


しかし、絶望(という名の勘違い)に浸っている暇はなかった。

練武場の隅で目を閉じていたダイバダッタが、まるで見えていたかのように口を開いた。


「……心が乱れれば、音も乱れる。雑念を捨てい。筋肉を愛でるように、一筋の光を運ぶように歩くのじゃあ」

「……っ、おっしゃる通りですわ老師! 筋肉への愛が、まだ足りませんでしたわ!」


そこからの二日間、アシュリンの地獄シュールな日々が続いた。

腕を上げれば「チリン」、一本歩けば「ガシャガシャ」。

ついには、食事を運んできたセバスの前で、スープを飲もうとして手首の鈴を派手に鳴らしてしまい「アシュリン様、本日は随分と……森の音楽会でしょうか?」と、あの冷静な執事にすら遠い目をさせる始末。


だが、三日目の夕暮れ。

アシュリンの体に劇的な変化が訪れた。

自身の意志で、筋肉繊維の一本一本までコントロールする感覚。あふれ出すパワーを外に漏らさず、内に封じ込める精密な収縮。

彼女はついに、音もなく練武場を端から端まで歩ききったのだ。


「老師……! できましたわ、私、ついに筋肉と和解いたしましたわ!」


ダイダダッタがゆっくりと目を開けた。


「……ほう。合格じゃあ。乙女よ、貴殿はついに、力の制御の第一歩を見つけたようじゃな」


その様子を遠くから見守っていたリチャードは、静寂の中にある彼女の凛とした姿に、不覚にも目を奪われていた。……たとえ、彼女の全身にびっしりと鈴がついているという事実があったとしてもだ。


「よし、基礎は成った。……次じゃあ」


こうして、鈴の音に身を焦がした三日間は終わり、修行のわ舞台はいよいよブラックウッド公爵邸からブラックウッドの森へと移るのだった。





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