表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/41

第38話 灰かぶり姫を巡る男たち 黄金の足とただの友人

王都にあるルーカス伯爵邸が売り出されるという噂は、またたく間に社交界を駆け巡った。


今こそルーカス伯爵家の救世主になり、アシュリンを「お持ち帰り」する絶好の好機だと、エドワード王子の鼻息は荒かった。


王子は以前、リチャードから己のプレゼントを「不燃ゴミ」と一蹴された屈辱を忘れていない。


「地に足のついた、力強い真実……。ふっ、リチャードめ。暗に私に『もっと私(足)を感じられるものを贈れ』とヒントをくれたのだな」


王子が導き出した答えは、まさに斜め上だった。

完成させた恐るべきプレゼントテロ、その名も、『エドワードご自慢の黄金のカモシカの足を君に!』。


エドワード王子は仰々しくベルベットの布を被せられたアシュリンへの貢物を数人の人足に運ばせ、ルーカス伯爵邸へ乗り込んだ。


だが、あいにくアシュリンはジョンソンのために「破壊的料理(新作)」を振る舞うべく、ブラックウッド公爵邸へ出かけており留守であった。


「な、なんだと……アシュリンがいないだと!?」

「はい、お嬢様は外出中ですので、お引き取りを……」


執事のハンスが冷静に追い返そうとするが、王子は止まらない。


「ふっ、いいだろう。ならばまずは、将来の義父となる伯爵にこの至高の芸術を拝ませてあげようじゃないか! 案内したまえ!」

「王子、伯爵様は急性胃腸炎で安静にされております! 王子! おやめください!」


ハンスの制止をカモシカのような軽やかなステップでかわし、王子はルーカス伯爵の寝室の扉を勢いよく蹴破り、ベッドの上で腹を押さえて青ざめていたルーカス伯爵の前に、それは披露された。


王子が勢いよく布を剥ぎ取ると、そこには純金でコーティングされた、王子の腰から下を実物大で忠実に再現した「下半身像」が鎮座していた。


しかも、黄金に輝く脚には「純白のタイツ」が無理やり履かされ、その上にはふんわりと膨らんだ「カボチャパンツ」までもが完璧に再現されている。黄金の輝きと布の生々しい質感が混ざり合い、直視し続けると精神を病みそうなほどに気持ちが悪い。


「どうだ伯爵! 私の自慢のカモシカのような足首、そしてこの躍動感あふれるカボチャパンツ! これなら持ち運びも可能だ。アシュリンが寝る時も、常に私の『足』が彼女の枕元にある。これ以上の真実があるだろうか!」


ベッドの上で腹を押さえていたルーカス伯爵は、目の前に突きつけられた「白いタイツを履いた黄金の下半身」を見つめ、胃液が逆流するのを必死に堪えた。


王子は、絶句して震える伯爵を「あまりの至宝に感動している」と都合よく解釈し、枕元ににじり寄ってさらに不敵な笑みを浮かべた。


「伯爵、さらに救いの手を差し伸べに来てあげたぞ。王家の名において、この屋敷を言い値の三倍で買い取ってあげよう。これで田舎の領地でみじめな暮らしをせずにすむぞ」


王子の言葉は、親切の皮を被った「憐れみ」そのものだった。

エドワード王子は、伯爵が屈辱に顔を歪めていることなどこれっぽっちも気づかない。それどころか、トドメを刺すような言葉を無邪気に投げつける。


「そもそもあんな糞のような田舎に行ってしまったら、アシュリン嬢も田舎娘になってしまうではないか!? 王都に屋敷があるからこそ、ルーカス伯爵、君だって貴族の体面が保てるんだろ? 私の温情に感謝したまえ!」


その瞬間、伯爵の瞳から光が消えた。

先祖代々受け継いできた領地を「糞」呼ばわりされ、己の存在価値を「不動産の立地」だけで断じられる。これ以上の侮辱が他にあるだろうか。

怒りと屈辱で指先が震え、胃の痛みも忘れるほどの激昂が彼を支配した。だが、相手は曲がりなりにも王家の一族。ここで罵倒を浴びせれば、不敬罪でルーカス家は完全に終わる。

伯爵は、血が滲むほどに拳を握りしめ、冷徹なまでの静寂を保って口を開いた。


「……ハンス。ハンスはどこだ」

「はっ、ここに」


扉の外で控えていた執事のハンスが、主人の危機を察してすぐさま入室した。その目は、主人を侮辱した王子への静かな殺意を孕んでいた。


「王子……申し訳ございませんが、急に胃の激痛が……。意識が遠のいてまいりました。これ以上はお相手をいたしかねます。ハンス、王子をお出口まで……丁重に、お連れしろ」


「かしこまりました。さあ、王子。主人の容体が急変いたしました。これ以上のご滞在は命に関わります。直ちにお引き取りを」


ハンスは氷のような手つきで、王子の背中を強引に、かつ慇懃無礼に押し出した。


「おい、離したまえ! まだ契約の話が――! 伯爵! 」

抵抗しながらエドワード王子は言葉を続ける。


「私の足(黄金像)を置いていく! アシュリン嬢より先に、愛でるが良い! 触ると冷たいぞ! それで腹を冷やせ!!」

王子の叫び声が廊下に消えていく。


静まり返った寝室で、一人残されたルーカス伯爵は、天井を見つめて低く、深く呟いた。


「……三倍だと? 舐めるなよ。……たとえこの身が朽ち果てようとも、あの男にだけは、この家の一寸の土地も、娘も渡してなるものか……!」


名門の伯爵家としての誇りに再び火がついたルーカス伯爵。しかし、現実は非情である。


数日後。

ルーカス伯爵家が王都の屋敷を売り払い、田舎の領地に戻るという報告。リチャードは執事のセバスからその詳細を聞き、静かに立ち上がった。


「セバス……馬車を出せ! 直ぐにルーカス伯爵家に向かう」

「どうなさるおつもりですか、閣下?」


セバスが手際よく外套を差し出しながら問いかける。


リチャードは、険しい表情で答えた。

「アシュリン嬢が頻繁に我が家に来ている件も含め、一度正式に挨拶をしなければならないと思っていた所だった。それに……ルーカス伯爵家の屋敷の売却についても、私から話を付けてくる」


「あの屋敷を、閣下が買い取るおつもりですか?」


「そうだな。王都にアシュリン嬢の帰る場所がなくなるのは忍びない」


主人の殊勝な言葉を聞きながら、セバスは淡々と、しかし核心を突く一言を放った。

「それならば……別に、買い取らなくてもよろしいのでは?」


「なに?」

リチャードが怪訝そうに眉を寄せると、セバスは無表情のまま続けた。


「……アシュリン嬢を、公爵閣下が妻としてお迎えになればよろしいだけでは? そうすれば、あちらの借金も屋敷の問題も、すべて丸く収まります」


その瞬間、ガシャリ、と嫌な音が響いた。

リチャードが激しく動揺し、机の上のインク瓶をなぎ倒してしまったのだ。


「な……ななな、何を言ってるんだ、セバスッ!」


高級な絨毯に黒い染みが広がっていくのも構わず、リチャードは顔を赤らめて立ち尽くした。


「彼女は……その、ジョンソンのトレーナーであり、私の良き……良き、その、……友人だ! 妻などと、そんな不敬なことを……!」


「左様でございますか。インクを零すほど驚かれるとは、随分と純情なご友人関係で。では、単なる『不動産売買』の交渉ということで、馬車の準備を急がせます」


セバスの含みのある視線から逃げるように、リチャードは足早に執務室を飛び出した。

心臓の鼓動が、これまでにないほど速い。インクで汚れた指先を隠しながら、彼は自分に言い聞かせた。


「(これはあくまで、恩義あるアシュリン嬢の住まいを守るための、あくまでも友人として行動だ……!)」

そう自分を納得させ、リチャードは風を切ってルーカス伯爵邸へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ