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第33話 灰かぶり姫の父は見た! 筋肉と公爵、疑惑の微笑み

馬車の小窓から、丸太を放り投げる愛娘の姿を覗き見たルーカス伯爵は、心臓が止まるかと思った。


ドォォォォォン!!


着弾の衝撃で馬車が揺れたような気さえした。

伯爵は震える手で顔を覆い、座席に深く沈み込んだ。


「ああ……ああ、なんということだ……。あれは本当に、私の可憐だったアシュリンなのか……?」


絶望が彼を支配する中、脳裏にある言葉が蘇る。

レティシアが言い放った、あの言葉だ。

『あら、エドワード王子は我が娘アシュリンの婚約者ですわよ?』

伯爵は、ハッと目を見開いた。


「(そうだ……エドワード王子! レティシアは確かに、あの子の婚約者だと言っていた!)」


レティシアが勝手に開いた大宴会の言い訳についた大嘘。冷静に考えれば、当主の自分を素通りして、婚約などありえない話だが、藁にもすがりたいルーカス伯爵はその話を信じ込んでしまった。


「そうだ……王家との婚約。それが事実なら、婚約破棄などそうそうありえないこと。もし王子がこのままアシュリンを妻として引き取ってくれれば……あの子も、王室の立派な教育を受けて、あのような無茶な振る舞いをやめてくれるのではないか……」


娘の将来を案じ、王室という「平穏な(はずの)場所」へ彼女を導きたい。そんな親心で必死に自分を納得させようとしていた、その時だった。


屋敷からブラックウッド公爵、リチャードが姿を現したのだ。

馬車の中にいる伯爵には、二人が何を話しているのかは全く聞こえない。だが、二人は互いに顔を見合わせて、満足そうに微笑み合っている。アシュリンは顔を輝かせ、リチャードもまた、いつもの氷のような無表情を崩し、慈しむような眼差しを彼女に向けていた。


それは、見る人が見れば、まるで「恋仲の男女」ようにも見えた。


「これ……これはどういう事だ!? アシュリンの婚約者はエドワード王子のはず。それなのに、あのような親密な様子でブラックウッド公爵と……」


伯爵の顔から血の気が引く。

相手は、泣く子も黙るブラックウッド公爵。地位も権力も、伯爵家とは比べものにならないほど上だ。


もしアシュリンが、婚約者がいながら公爵と浮名を流していると知れれば、それこそ取り返しのつかない大スキャンダルになる。王室への不敬どころか、ルーカス家が取り潰されてもおかしくない。


「(いかん……! ここで私が乗り込んで公爵閣下に無礼を働けば、それこそ破滅だ。だが、父親としてあの子を放っておくわけにはいかん!)」


伯爵は、はやる気持ちを抑え、ギリリと拳を握りしめた。公爵に詰め寄る勇気はないが、家長としての責任感だけは失っていない。


「 すぐに馬車を出せ! 屋敷に戻るぞ!」

伯爵は、窓を叩いて御者に鋭く命じた。


逃げるように、かつ急いで屋敷へと馬車を走らせた。

まずは自宅という自分の土俵で、帰ってきたアシュリンに事の真相を問いただす。それが今の彼にできる精一杯の抵抗だった。


「……あのアシュリンが、まさか二股など。いや、あの子に限ってそんな不埒なことは……。しかし、あの丸太投げを見た後では、何が起きても不思議ではない……!」


伯爵は、期待と不安(と、強烈な胃の痛み)を抱えたまま、一足先に自分の屋敷へと滑り込んだ。

馬車が止まると、待ち構えていた従僕フットマンが慌ててドアを開ける。伯爵は彼の手を借りるのももどかしく、玄関を駆け上がった。

扉を開けると、執事ハンスが控えていた。


「ハ、ハンス! アシュリンだ! アシュリンを今すぐ呼べ……いや、あの子はまだあそこ(公爵邸)か! すぐに戻るように伝え……いや、もう戻ってくるはずだ!」


混乱し、支離滅裂な指示を出す伯爵を見て、ハンスは「ああ、旦那様も見てしまったのだな」と全てを察し、深く、深く同情を込めて頭を下げた。


「ハンス! アシュリンが戻ったらすぐに私の部屋へ来させなさい!」


そう言い捨てて二階の自室へ駆け込んだ伯爵は、上着も脱がずに窓辺へと歩み寄った。カーテンの隙間から、食い入るように門の方を凝視する。


それから間もなくして、夕闇が完全に王都を包み込む頃。

ルーカス伯爵邸の門をくぐり、玄関前に悠々と滑り込んできたのは、紛れもないブラックウッド公爵家の紋章が刻まれた、重厚かつ豪華な馬車だった。


「……やはり、公爵閣下の馬車ではないか!」

伯爵は窓枠を握りしめ、歯噛みした。


ブラックウッド公爵邸の馬車による送り迎え。

本来、ジョンソンの栄養管理(餌作り)という重大任務をこなすアシュリンにとっては当然の待遇なのだが、それを知らない父親からしてみれば「婚約者がいる身で、他の男の馬車を自家用車のように使い倒す」という、不謹慎極まりない状況である。


「(公爵閣下ともあろうお方が、これほどまでに配慮に欠けるお方だったとは……! )」


伯爵が部屋で悶々としていると、一階のホールから凄まじい音が響いた。


バァァァァァン!!


「ただいま戻りましたですぅ!!」


淑女であれば使用人に開けてもらうはずの重厚な扉を、アシュリンは自ら豪快に押し開けて帰宅した。


出迎えたハンスが、苦虫を噛み潰したような渋い顔で告げる。

「お嬢様……旦那様が、お部屋でお待ちです。…」


その言葉を聞いたアシュリンは、パァァッと顔を輝かせた。

夕闇すらも跳ね返すような、はじけるばかりの満面の笑顔。彼女にしてみれば、しばらく会ってなかった父に会えるという喜びだった。


「お父様ぁぁぁーーーっ!!」

アシュリンは、まるでおやつをねだる大型犬のような勢いで二階へと駆け上がり、ルーカス伯爵が待つ部屋の扉を勢いよく開け放った。


そこにいたのは、彼女が期待していたような娘に甘い父ではなかった。

眉間に深い皺を刻み、不快さを限界まで凝縮させた――まさに不機嫌さマックスなルーカス伯爵だったのだ。

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