第25話 灰かぶり姫は自覚する筋肉とイノブタラ(神)は裏切らない 後編
レティシアは「理想の再々婚相手」リチャードが来るのを今か今かと待ちわびていたが、彼はなかなか現れない。しびれを切らした彼女は、執事ハンスを問い詰めた。
「……レティシア様。ブラックウッド公爵閣下からは、ご出席の返答は頂いておりません」
「なんですって!!」
それもそのはず、リチャードは森の別邸にいた。招待状は本宅に届けられたままで、彼の一瞥すら受けていなかったのだ。
レティシアはがっくりと肩を落としたが、強欲さは挫けない。
「また次の大宴会をやるわよ!! 次こそは閣下をお迎えするのです!」
その宣言に、絶望したのは使用人たちであった。
「これでは俺たちが持たない……」
「アシュリンお嬢様が元気な時のほうが、よっぽどマシだ!」
そう、お嬢様が元気な頃は、確かに屋敷の一部は破壊されたが、使用人たちに直接の「酷使」という実害はなかった。彼女が庭で岩を投げている方が、レティシアのわがままに付き合うより、ずっと平和だったのだ。
「皆、お嬢様に元気になってもらおう!」
使用人たちの意見は一致した。
復活の鍵は、ただ一つ、伝説の肉『イノブタラ』
イノブタラを数頭狩ると、その怒りに触れた「巨大イノブタラ」が現れ、多くの狩人が命を落としてきたという恐ろしい話がある。
そのため、市場に出回ること自体が稀で、あっても庶民の給料数ヶ月分は飛ぶほどの高額な肉だ。
使用人たちは、自分たちのなけなしの金を出し合い、血の滲むような思いでその肉を買い取った。
彼らが願うのは、愛でも美しさでもない。ただ「アシュリンの圧倒的な破壊力」の復活であった。
薄暗いキッチンの隅。使用人たちの期待と不安が入り混じった視線の先に、幽霊のように青白い顔をしたアシュリンが座っていた。
目の前には、ルーカス邸の料理長がその職人魂のすべてを注ぎ込み、使用人たちのなけなしの給料(魂)を凝縮させた「伝説のスープ」が、黄金の湯気を立てて鎮座している。
「……お嬢様。これを……飲んでください。俺たちが、死ぬ気で買い集めた『伝説』です」
ルーカス邸の料理長が、煤けたエプロンで涙を拭いながら、震える手でスープを差し出した。
アシュリンは力なくそれを受け取り、ゆっくりと一口、口に含んだ。
その瞬間。
ドクン。
アシュリンの心臓が、地響きのような鼓動を打った。
「……あ、アミノ酸が……細胞の一つ一つに、物理的な重さで突き刺さるようです……ぅ」
カッと目を見開いたアシュリンの瞳に、野生の輝きが戻ってくる。
それと同時に、しなびていた二頭筋が、メキメキと音を立てて膨張を始め、服の袖が「みしみし」と悲鳴を上げ始めた。
「やはり、イノブタラは神ですわ!!」
アシュリンは涙を一粒流すと、もはやスプーンなど使わず、大鍋ごとスープを掲げた。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!
凄まじい嚥下音と共に、数人前はあろうかという伝説のスープが、彼女のブラックホールのような胃袋へ吸い込まれていく。
「ぷはぁぁぁっ!! 完全復活ですぅ!!」
最後の一滴を飲み干した瞬間、アシュリンから放たれた威圧感で、キッチンの窓ガラスにピシリとヒビが入った。
ルーカス邸の料理長と使用人たちは、その恐ろしいまでの力強さに恐怖を感じるどころか、「ああ……これで地獄のパーティー準備から解放される」と歓喜の涙を流し、互いに抱き合った。
ドォォォォォン!!
早朝のルーカス邸を、地震と見紛うばかりの衝撃が襲った。
その音で飛び起きたレティシアと義姉二人が、寝ぼけ眼でバルコニーから庭を見下ろした。そこで彼女たちが目にしたのは、悪夢の再来――いや、悪夢以上の現実だった。
完全にバルクを取り戻し、以前にも増して血管を浮き上がらせたアシュリンが、庭で「等身大の巨石」を軽々とジャグリングしているではないか。
アシュリンはバルコニーの義母たちに気づくと、眩しいほどの笑顔と圧倒的な威圧感を放ちながら言い放った。
「おはようございますですぅ。やっぱり筋肉とイノブタラは裏切りませんね。私、これからもこれらを崇拝することに致しますわ!」
その宣言と共に、アシュリンが巨石を地面に叩きつける。
凄まじい轟音。
レティシアの「つかの間の天下」は、文字通り粉々に砕け散った。
義姉二人は「またあの地獄の日々が……」と頭を抱えて座り込み、レティシアに至っては、豪華なガウンのまま、白目を剥いてその場に卒倒した。
数日後、ルーカス邸にエドワード王子の使者が訪れた。
恭しく、かつ仰々しく届けられたのは、職人たちが夜なべして作った「糞気味の悪い等身大エドワード王子人形」である。
「アシュリン様! 王子からの熱い愛の結晶でございます!」
届けられた人形は、例のカボチャパンツの膨らみから、王子の細い足首、そして不気味なほど饒舌そうな唇まで忠実に再現されていた。
……それがその後どうなったか?
そんなもの、語らなくても分かりますよね。




