第24話 灰かぶり姫は自覚する筋肉とイノブタラ(神)は裏切らない 前編
シンシアスの家での出来事は、ジワリジワリとアシュリンの心を蝕んでいた。
確かにリチャードの森の別宅で過ごした時間は楽しく、救いもあった。しかし、邸に戻り一人静かになると、彼女の心の傷までは完全に癒えていなかったのだ。人の心はそんなに簡単には持ち直さないものである。
自分が信じてきたシンシアスの好みの「爆乳」とは、自分が必死に育て上げた「大胸筋」ではなかったこと。
おまけに、独身だと思っていたシンシアスには嫁がいて、あろうことか彼は本物の脂肪(爆乳)を家に連れ込んでゲス不倫を謳歌していたこと。
アシュリンの筋肉を支えてきた全ての柱が、一気にへし折れた。
彼女の瞳から、いつも宿っていた野生の輝きが消えた。
それと同時に、彼女の体に異変が起きた。あんなに鋼のように硬かった二頭筋が、心なしか「ふにゃり」と柔らかくなっている。筋肉が、主人の心の折れを察知して、ストライキを起こしたのだ。
掃除や料理の家事はもちろん、あんなに熱心だった毎日の「庭の巨石持ち上げ」も、今の彼女には砂を噛むような虚無感しか与えない。
ルーカス邸は、不気味なほどの静寂に包まれた。
だが、その静寂を最も喜んだのは、義母レティシアと二人の義姉であった。
「あら、アシュリン。今日はお庭で奇声を上げて暴れないのかしら? 筋肉が腐ってしまったのかしらねぇ!」
「見てお姉様! あの筋肉女の腕が、少し細くなったみたいよ! ざまぁありませんわ!」
レティシアたちは、アシュリンが自室で灰のようになっているのを見て、狂喜乱舞した。
今まで、アシュリンが訓練と称してルーカス邸を破壊していく様にビクビクしていた日々が嘘のようである。
「おーっほっほっほ! 忌々しい筋肉の暴風雨が止んだわ! 今こそ、わたくしの時代の幕開けですわよ!」
義母レティシアは、大人しくなったアシュリンを尻目に、ルーカス邸での大宴会を企画することにした。
元々彼女はパーティーが大好きな女性である。
伯爵家に再婚で入れば、毎日パーティー三昧だと目論んでいたのに、これまでは「筋肉娘」が邸内で破壊工作を繰り広げるため、とてもじゃないが客を呼べる状態ではなかったのだ。
「今こそ、この邸を社交界の頂点にするのですわ!」
レティシアは鼻息荒く、招待客のリストを書き連ねた。
まずは、レティシアの「再々婚相手」候補ナンバーワン、ブラックウッド公爵。
いつの間にか、娘たちのためではなく「自分自身が嫁になる」という野望にすり替わっていることや、現夫であるルーカス伯爵がまだ存命中であることも、彼女にとっては解決済みの些細な問題でしかなかった。
そして、箔付けのために粘着ナルシストのエドワード王子。
あとは社交界の上流貴族たち。
レティシアは大宴会の準備を、ルーカス邸の使用人たちに丸投げした。
自分は豪華なソファーにふんぞり返り、扇子を仰いで命令を飛ばすだけ。知恵も指一本も動かさず、ただ「次期公爵夫人気分」に浸っていたのだ。
溜まったものではないのは使用人たちである。彼らは文字通り馬車馬の如く、大宴会の準備のために酷使された。
しかも見栄っ張りなレティシアのせいで、予算は湯水のごとく消えていく。財政を預かる執事のハンスが、眉間に深い皺を寄せて苦言を呈したが、レティシアはどこ吹く風だった。
「黙りなさいハンス!文字通り上流階級の皆様をお迎えするのですよ。ルーカス伯爵家の名にかけても恥ずかしいパーティーにするわけにはいきません!貴方は大人しく言われた通りの支払いをすればよいのです!」
こうして、パーティー好きで見栄っ張りなレティシアが企画した、仰々しくも空虚なルーカス伯爵邸の大宴会が幕を開けた
レティシアは贅を尽くした最新流行のドレスを仕立て、これでもかというくらいの宝石を首・手・指にジャラジャラとつけた。もはやドレスを着ているのか、宝石を運搬しているのかわからない。
二人の娘たち、セシリアとベアトリスにも贅の限りを尽くした装いをさせていた(もちろん、自分が一番目立つように自分よりは数段落ちるものを選ばせたが……)。
次々と招待客がルーカス伯爵邸に集まる。
皆、表面上は「素晴らしい宴ですわね」と口々に褒め称えるが、その心の底では(なんと仰々しく、センスのかけらもない趣味の悪いパーティーだこと……)と、冷ややかな視線を送っていた。
そこへ、一際異彩を放つ「光り輝く物体」が姿を現した。
エドワード王子である。
彼の今日のいでたちは、凄まじかった。
あの自慢の細い足を強調するためのちょうちんブルマががさらに膨らみ、巨大カボチャになっていた。その下には、雪のように眩しい純白のタイツ。
さらに上着は、金銀の糸でゴテゴテと刺繍が施されていたが、あまりの密度の高さに、それが花模様なのか、あるいは何かの幾何学模様なのかさえ判別不能。
センスのかけらは、完全に宇宙の彼方へと消え去っていた。
(げっ! 趣味悪い……)
一瞬、レティシアの頬が引き攣ったが、そこは社交界の猛者。すぐさま満面の笑みを貼り付け、王子を出迎えた。
「まぁ、エドワード王子! 本日はようこそお越しくださいました。その……お召し物、王宮のトレンドを先取りしすぎていて、わたくし目が眩んでしまいますわ!」
「はっはっは! わかるよレティシア伯夫人。私のこの輝きは、凡人には刺激が強すぎるからね。……ところで、私のレディ(アシュリン)はどこだい? この『愛の金刺繍』を真っ先に見せてあげたいのだが」
王子はカモシカのような細い足を一歩踏み出し、巨大カボチャパンツを揺らしながら周囲を見渡した。
しかし、そこにいるのは着飾っただけの虚飾に満ちた貴族たちばかりで、彼が求める「圧倒的な野生のバルク」はどこにも見当たらなかった。
エドワード王子がアシュリンがいない事をレティシアに尋ねると、
「……あの子ったら、伏せっておりますの(エドワード王子の相手でもさせるつもりだったのに…チっ!使えねえな)」
レティシアの言葉を聞いた瞬間、エドワード王子の巨大なかぼちゃブルマが、激しい怒りと悲しみで震えた。
「何だと!? 私のレディが!? ……そうか、わかったぞ。私の存在が足りなかったせいだな! 私という太陽が雲に隠れていたから、彼女のバルク(筋量)は枯れ果ててしまったのだ!」
勘違いも甚だしいが、エドワード王子は即座にルーカス邸を後にした。
彼は城に戻ると家臣に命じた。
「今すぐ、私の等身大人形を作れ! 筋肉の陰影一筋まで忠実に再現するのだ! ついでに、アシュリンの等身大人形を作ることも忘れずにな!」
自分を模した人形はアシュリンへのプレゼント、アシュリンの人形は自分用。
王子の脳内では完璧な愛の循環が完成していた。




