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第21話灰かぶり姫は可哀想?なお嬢様

「お嬢様、こちらへ。さあ、まずはそのお体を拭いてしまいましょう」

マーサに促されるまま、アシュリンは広々とした衣装部屋へと案内された。


改めて自分の姿を見ると、なかなかに凄惨な状態だった。下着はたっぷり水を含んでいるのはもちろん、ジョンソンが森の中を引きずり回したドレスは、あちこちに泥がつき、小石に引っかかったような小さな穴まで空いている。


「お嬢様。洗ってどうにかなる状態ではありませんわ。……少々お待ちくださいね」


マーサは手際よくアシュリンの体を大きなタオルで包むと、奥のクローゼットから、質の良い柔らかな下着と、落ち着いた色合いながら気品のあるドレスを数着抱えて戻ってきた。


「これを。ちょうどお嬢様に合いそうなサイズのものを選んでまいりましたわ」


「……えっ? でも、こんな立派なものをお借りするわけには。……どなたかの、大切なものではありませんか?」


アシュリンが躊躇いがちに尋ねると、マーサは朗らかに笑って答えた。


「いいんですよ。これは奥様が置いていかれたものですから。サイズも、普通のお嬢様よりはお嬢様に近い……いえ、お嬢様にこそぴったりだと思いますわ」


「(奥様……!)」

アシュリンの脳内に、衝撃が走った。

あのリチャードという男には、妻がいるのだ。その「奥様」の服を、今自分は借りようとしている。


「(既婚者の殿方の館に、こんな格好で上がり込んでしまうなんて……! でも、今のわたくしには栄養補給と乾燥が必要。申し訳ありませんわ、見知らぬ奥様。わたくし、決して不倫という名の有酸素運動をしに来たわけではありませんの……!)」


アシュリンが勝手に罪悪感に苛まれている間に、マーサの視線は別の方向へ向いていた。

脱ぎ捨てられたドレスの質、そして「一人でこんな森の奥にいた」という不自然さ。


「……失礼ですがお嬢様、お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」


「アシュリンと申します。アシュリン・ルーカスですわ」


「ルーカス……。まあ、ルーカス伯爵のお嬢様でしたか?!」


マーサの脳内で、王都の社交界から流れてくる噂話が電光石火の速さで繋がった。

「ルーカス伯爵が、子連れの未亡人と再婚した」というニュース。この国において、血の繋がらない継母による継子いじめは、童話の中だけの話ではない。この世の「常識」と言っても過言ではないほど、ありふれた悲劇だ。


改めてアシュリンが着ていたドレスを見る。名門伯爵家の令嬢が着るにはあまりに質素で、生地も薄い(実際は筋肉の可動域を確保するためなのだが)。


「(……名門のお嬢様が、あんな安物のドレスを着せられて。しかも、こんな人里離れた湖で、ずぶ濡れに……。泳いでいたなんておっしゃったけれど、もしかして、あまりの辛さに自ら……?)」


マーサの目から、今度は本物の涙が溢れそうになった。


「まあ、御嬢様……。お辛かったでしょう。よくぞ、よくぞご無事で……っ!」


「……えっ? ええ、まあ、水温は少し低かったですけれど、いい刺激になりましたわ」


「まあ、なんて健気な……! そんなに自分を追い込んでまで、明るく振る舞って……!」


マーサの中で「継母にいじめられ、家を追われ、絶望のあまり湖に身を投げようとしたが、死にきれず、せめて心身を鍛えることでしか悲しみを癒せなかった悲劇のヒロイン」という壮大なアシュリン像が確定してしまった。


「安心してくださいましね。ここでは、誰もあなた様をいじめたりいたしませんわ! 坊ちゃまも、ああ見えて心根は優しいお方ですから!」


「……ええ、存じておりますわ。(既婚者なのに、あんなに独身っぽく振る舞って……。なんて罪作りな殿方かしら!)」


マーサは、アシュリンが「既婚者への疑惑」で遠い目をしているのを、「家庭の不幸を思い出している」と勘違いし、いっそう手厚くドレスの紐を締めてやるのだった。


皮肉なことに、リチャードの母――自由奔放で旅好きな「奥様」のドレスは、アシュリンの筋肉に驚くほどしっくりと馴染んでしまった。


「さあ、お嬢様。坊ちゃまが料理を用意してお待ちですわ。……美味しいものを食べて、辛いことは全部忘れてしまいましょうね」


「ありがとうございます。……ええ、そうしますわ(ええ、食べて栄養をつけたら、すぐに失礼しなくては。奥様が帰宅されて修羅場になる前に!)」


マーサに導かれ、アシュリンはダイニングへと足を踏み込んだ。


そこには、先ほどまでの狩装束を脱ぎ、ラフなシャツの袖を捲り上げたリチャードが立っていた。テーブルの上には、香ばしい肉の焼ける匂いと、新鮮な野菜の香りが立ち込めている。


「……待っていたよ。驚いたな、そのドレスがこれほど似合うとは」

リチャードはアシュリンの姿を見て、一瞬言葉を失った。


「最高だ。君の持つ本来の気高さと、その……その健やかな美しさをこれほど活かす服は、他にないだろう」


「……お、お褒めにあずかり光栄ですわ(なんてこと! 息を吐くように奥様以外の女性を褒めるなんて、この殿方、バルクはあっても節操がありませんのね!?)」


アシュリンは複雑な心境で席についた。目の前に置かれたのは、完璧な火加減でグリルされた鹿肉。余計な脂身は削ぎ落とされ、赤身の旨みが凝縮されている。


「さあ、冷めないうちに。今の君には、質の良いタンパク質が必要だと思ってね」

リチャードは自信を持って一皿を差し出した。


アシュリンは一口、その肉を口に運ぶ。……美味しい。確かに、これ以上ないほど絶妙な火入れだ。噛みしめるたびに滋味溢れる肉汁が広がる。

しかし、アシュリンの箸――もとい、フォークの進みは、リチャードの予想に反してどこか鈍かった。


リチャードはわずかに眉を寄せた。

「……口に合わなかったか? 焼きすぎたのなら、やり直そう」


「いいえ! めっそうもございません。美味しい……すごく美味しいですわ」


アシュリンは慌てて否定したが、その表情はどこか遠い空を眺めるかのようで、感動に打ち震えている様子ではない。リチャードは食い下がった。


「だが、無理をしているように見える。正直に言ってくれ。私の料理に、何か足りないものがあるか?」


アシュリンは躊躇した。親切で料理までしてくれた(既婚者の)殿方に、こんなことを言うのは失礼極まりない。だが、食と筋肉に対して嘘をつくことは、彼女のプライドが許さなかった。


「……あ、あの。わたくし、その……。イノブタラが一番好きなんですの」


「イノブタラ?」


「ええ。あの荒々しい脂身、野生を食らっているという実感。わたくしにとってのソウルフードは、イノブタラ以外にはありえませんの。ですから……この上品で完璧な鹿肉を前にして、少しだけ、その……心が、イノブタラの脂を求めてしまって……」


アシュリンは正直に、しかし申し訳なさそうに答えた。


「…………」

リチャードは絶句した。

自らが腕によりをかけた極上のジビエが、まさかあの、森で一番下等で脂ぎった獲物である「イノブタラ」に敗北するとは。


「……お嬢様、お可哀想に……っ!」

傍らで見ていたマーサは、再び涙を流した。


「(まあ! 継母にいじめられすぎて、あんな脂っこい肉しか食べさせてもらえなかったのね! 粗末な食事に慣らされて、本当のご馳走の味がわからなくなるなんて、なんて惨い仕打ち……!)」


「美味しくないなんてことはございませんのよ!? ただ、わたくしの細胞が、イノブタラを……イノブタラのバルクを求めて、震えているだけなのですわ!」


アシュリンは必死に弁明したが、リチャードの胸中には「敗北感」が、マーサの胸中には「不憫さ」が、そしてアシュリンの胸中には「イノブタラへの愛欲」が渦巻き、ダイニングの空気はさらに混迷を極めていくのだった。

「美味しくないなんてことはございませんのよ!? ただ、わたくしの細胞が、イノブタラを……イノブタラのバルクを求めて、震えているだけなのですわ!」


書いていてなんですけど

この台詞声に出すして読む度に

某『全〇監督』の黒〇香が

浮かんでしまいますぅ。

書いた本人無意識でも笑ってしまうのですぅ。


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