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第18話灰かぶり姫は現実に打ちのめされる後編

「はぁ? なんなのこの! 意味がわかんない! 頭いかれてるんじゃないの!?」


ベリンダがアシュリンの異常な気迫に怯え、叫んだその時だった。


「それはこっちの台詞だ!」

アシュリンの背後、小屋の入口から地を這うような怒声が響いた。


「ひっ……!」

シンシアスの顔が、見る見るうちに土気色へ、それから青ざめていく。


「シンシアス……説明してもらおうか?」


そこに立っていたのは、狩装束に身を包んだ、凛々しくも鋭い眼光を持つ女性だった。


「い……いや……説明……って何を……どう説明すれば……」

シンシアスは、先ほどまでの狩人としての男らしさはどこへやら、今にも消えてしまいそうなほど縮みあがった小ネズミのようだった。


「だから……そこのお嬢さん二人との関係を正直に話せ! 嘘偽りなくな」


女性は、獲物を追い詰める猟師の足取りで歩み寄ると、あの激しく乱れた寝台にドカッと腰を下ろした。そして不敵に足を組み、射抜くような眼光でシンシアスを睨みつけた。


「あのですね……それは……そう! こちらのお嬢さん(ベリンダ)が森で倒れていまして、それで介抱していたというわけでして……。なぁ、ベリンダ?」


シンシアスは必死の形相でベリンダに目配せをする。だが、女性の視線は次に、二キロのサンドイッチを抱えたまま固まっているアシュリンへと移った。


「ほう? それで、そっちの籠を持っているお嬢さんは? そっちも同じように森で倒れていたのか?」


「……そうですね」

シンシアスは力なく頷いた。


「そうか……それで介抱していたと……。フーン……ずいぶん激しい介抱だな! このスケベ野郎が!!」

女性の咆哮が、小屋の屋根を震わせた。


もはや、どこをどう釈明しようが結果は一目瞭然である。乱れに乱れた寝台という現場が、言葉よりも雄弁に事実を物語っていた。


だが、彼女は、一つだけ凄まじい誤解をしていた。

要は、三人でお楽しみであったという、特大の解釈(誤認)をしてしまったのだ。


「一人だけでも許せないものがあるのに……よりによって、二人同時にだなんて、この恥知らずが!!」


ここでようやく、シンシアスは絶望的な事実に気づく。

浮気相手のベリンダだけでなく、たった今サンドイッチを持って現れたばかりのアシュリンまでが、淫らな共犯者としてカウントされてしまっていることに。


「ま、待てベッキー! それは違う、断じて違う! そっちのお嬢さんは本当に今来ただけで、三人でどうこうなんて――」


シンシアスは必死の形相で両手を振り回し、彼女の追及を逃れようと墓穴を掘り始めた。そして、あろうことかアシュリンを指差し、最も言ってはいけない「真実」を叫んだのである。


「だいたい、俺が爆乳好きだってことは、ベッキー……お前だって知ってるじゃないか! ベリンダはいい。だが、そっちの彼女を見てみろよ!」


シンシアスの指先が、自信満々にサイドチェストを決めているアシュリンを無慈悲に指し示した。


「彼女のどこが爆乳なんだよ! 確かに厚みはあるが、あれは全部『筋肉』だ! 触らなくてもわかる、カッチカチの広背筋と大胸筋の塊じゃないか! 俺の好みは、もっとこう……柔らかくて、たわわに実った果実のような……」


「……えっ?」

アシュリンの動きが止まった。


その場に、冷たい隙間風が吹き抜けたような静寂が訪れる。


「シンシアス様……今、なんて言いましたの?」

アシュリンの声は震えていた。


今まで自分が「爆乳」だと信じ、シンシアスの好みに合致していると疑わなかったその「厚み」が、当の本人から「ただの硬い筋肉の塊」として、あろうことか不貞の容疑を晴らすための『潔白の証拠(好みじゃない)』として使われたのだ。


これほど残酷なカウンターアタックがあるだろうか。


「あぁ、悪いな嬢ちゃん! 筋肉としては素晴らしいが、俺の言う『爆乳』とは生物学的に対極にあるんだよ! だからベッキー、信じてくれ! 俺がこんな……こんな『岩石のような女』と浮気するわけないだろ!?」


「シンシアス、貴様……!」


レベッカの怒りは、夫のあまりにも失礼な言い草にさらにヒートアップしたが、アシュリンのショックはそれどころではなかった。


「……岩石。……対極。……わたくしは、爆乳では、ない」

アシュリンの手の中で、二キロのプロテイン・サンドイッチが「メキメキッ!」と嫌な音を立ててひしゃげた。


彼女が日々、血の滲むような思いで積み上げてきた努力(筋肉)の結晶が、憧れの男によって「浮気の対象にすらならない岩石」として全否定された瞬間だった。


「バッカ馬鹿しい!」

今まで黙ってことの成り行きを見ていたベリンダが声をあげた。


「本当興ざめだわ! そんなに必死に弁明して、そんなに嫁が怖いの? それとさ……レベッカ、あんたも悪いわよ! そんなに旦那の浮気に目くじら立てるくらいなら、別居婚なんてしなければいいじゃない」


ベリンダはそこで言葉を切ると、唇を歪めてニヤリと笑った。そして、まるで「惨めな女ね」と宣告するかのように、勝ち誇った目でレベッカを蔑み、追い打ちをかける。


「あ、ごめんなさいね。シンシアスがベッドの中で、あんたとの冷え切った関係を毎晩のように愚痴るから、私まで詳しくなっちゃったわ」


暴露されたシンシアスは、もはや弁明の言葉すら見つからず、金魚のように口をパクパクさせながら、ただただ慌てふためいて視線を泳がせることしかできない。


ベリンダはそんなシンシアスを鼻で笑うと、再びレベッカへ残酷な言葉を投げた。


「そういえば、姓も別だったわよね? う~ん、それってすごく男にとっては都合のよい『家庭ごっこ』だよね。夫として何の責任も負わなくてもいいんだものね。じゃないの?あたしはそう思うけど……」


「なっ……!」


レベッカの顔が屈鱗に染まった。彼女が大切にしていた「対等で自立した夫婦の形」を、ベリンダは「男の無責任を助長する欠陥品」だと断じたのだ。シンシアスは板挟みになり、もはや誰の目も見られず俯いている。


いうだけ言うと、ベリンダは満足したのか、ふんと鼻を鳴らした。


「じゃあ、あたしはこれで。……修羅場のお供はごめんだわ。楽しかったわよシンシアス、またそのうちにねぇ」


悪びれる様子もなく、ひらひらと手を振って、ベリンダは嵐を巻き起こしたまま小屋を去っていった。


残されたのは、凍りついたレベッカと、崩れ落ちたシンシアス、そして——


アシュリンは、もはや言葉を発することすらできなかった。


シンシアスの言葉がショックすぎた。

自分が「爆乳」だと信じて疑わなかった大胸筋は、愛する男から見れば「浮気の対象にすらならない岩石」だった。その事実は、アシュリンの強固なバルクをも貫き、心臓を粉々に砕いていた。


「……あ、……う……」

アシュリンはフリーズ状態のまま、幽霊のような足取りでシンシアスの小屋を出た。


レベッカが何かを叫び、シンシアスが取り繕うように言葉を言った気がしたが、今の彼女の耳には何も届かない。


手の中で無惨にひしゃげた二キロのサンドイッチ。

それは、彼女の無知と、独りよがりな計算だけの恋心と、そして何より「間違ったカテゴリー分け」の象徴だった。


重い足取り。だが、その足は無意識のうちにルーカス邸ではなく、さらに深い、深い森の奥へと向かっていた。


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