第5章 何よりも著者を大切にするのが編集者・その2
トニオから場所だけ教えてもらい、俺は王立ナッセキメーソウ魔法学院の生徒会長室という部屋にたどり着いた。要塞じみたこの学院の最深部にあるのかなと思っていたが、学食の裏手にあるひどくこじんまりとした掘っ立て小屋のような建物がそれだった。
乱暴に開いたら軋んで壊れそうな木製の扉をコンコンとノックする。
「突然すみません、魔法書研究局の富士見大五郎です。生徒会長はいらっしゃいますか?」
ノンアポの訪問はビジネスマナーの上ではタブーかもしれないが、そんなこと気にしてたら仕事にならねえのが編集者。
「うむ、入りたまえ!」
一度しかお会いしていないが、よく通る、まるで舞台女優のような声量に若干気圧されつつ、俺はそっと扉を開いて入室した。
外観同様、こざっぱりを通り越してボロボロな雰囲気すら醸し出す年季の入った木造の小屋の中央に、生徒会長は鎮座していた。でも机も椅子も古めかしく質素なつくりのものだ。俺があてがわれた住居のほうがまだ手入れが行き届いているかもしれない。
「お忙しいところ失礼いたします、イゼンゾ・カッサー生徒会長」
俺が深々と頭を下げると、オンボロな部屋の雰囲気に似つかわしくない豪奢な金髪の持ち主である生徒会長は、机から顔を上げてくれた。彫りの深い顔立ち、整いすぎにも思える鼻梁……端正な趣の美女だと改めて思う。
「やあ、君か。イザーダは?」
「局長は連日の作業で疲労困憊しており、現在はお休みになられています」
「なんと。あの可憐な美貌がやつれる様は見たくない。小さな肩に万の責任を載せているからおいそれとは休みもとれないのだろうが……君からも言ってくれ、無茶は毒だと」
「お優しいお言葉、局長もさぞ喜ぶかと」
「で、君の用件は?」
演技がかった言い回しが多いと思いきや、必要なところでは無駄をしっかり省くタイプと見た。こういう性格の人間とは仕事がしやすいと相場が決まっている。
「はい。以前、局長からもお願いさせていただきました、魔法書研究局の人員補充の件につきまして、差し出がましい真似とは承知しつつ、その後の進捗をお伺いに参りました」
「ああ、その件か! 忘れてはいなかったよ、もちろん。他ならぬイザーダたっての願いだからね……えっと、少し待ってくれたまえ」
すると生徒会長は立ち上がって壁からダランと垂れ下がっている管を一本引っ張った。
「あー、イゼンゾだ。アンはいるかな? いたらすぐに生徒会長室に来るよう伝えてくれないか」
管の先についているロートのようなものに生徒会長は話しかけ、話し終えると耳をあて、そうして管から手を離した。伝声管ってやつだろうか。随分古風なシステムだ。ていうか壁からニョロニョロ数本伸びている管はひょっとして全部伝声管なのか?
「驚いたかい? これは学院の主要な部屋につながるチューブでね。いつでも私の声を届けられるという機械なんだ。向こうからも連絡はできる。チューブの先端にある蓋を開けると、こちら側の蓋もパカっと一度開く。私はそれを確認したらチューブを引っ張って相手の声を待つ、という仕組みだ」
実際にそうした道具が使われている光景を見たのは初めてではあったが、別に驚きはしなかった。仕組みとしてはそこまで高度とも思わない。チューブを送信受信で分ければ相手の声を聞きながら話せるだろうに、とは感じたが……まあ文明の発展はこっちの世界の人間だけでがんばってくれ。俺の興味関心の対象ではない。
「ええ。驚きました。それがあるために、この場所に生徒会長室があるんですね」
「む、鋭いな、ダイゴロー」
おそらく伝声管は生徒会長の自作で、チューブの長さを極力短くて済むようにするために、学院の中央に位置する学食のそばに生徒会長室をつくったのだろう、と俺は推測した。
「伝統と格式ある王立ナッセキメーソウ魔法学院の生徒会長などという大層な役職をいただいているがね、私自身は魔法が苦手なのだよ。なので日常のあれやこれやは自作の発明でしのいでいるというわけさ。がっかりしたかな」
「いえ。どころか、感心しています。私が元いた世界にも魔法はありませんでした。日々の困難は創意と工夫で乗り切るのが正しい姿とされていましたので……生徒会長のお姿には敬意を抱きます」
「そうだ、そうだったな、ダイゴローは異世界から来たと言っていたな。イザーダが褒めていたぞ、ようやく結果としての魔法ではなく、魔法書そのものの価値を知る人間が現れた、と」
「恐縮です」
へえ、そう思われていたのか。なかなか嬉しい評価である。
「魔法には魔法のよさがあるのでしょうが、一方で魔法書に携わる人間の価値も見落とすべきではない、というのが、まだ日は浅いですが私なりのこの世界での所感です」
調子に乗って俺がそう発言すると、生徒会長は深々とうなずいてくれた。豪奢な金髪がブワっと揺れる。
「完全に同意するよ。魔法は素晴らしいが魔法だけではどうにもならないことがある。この学院に集う子弟は皆、日々懸命に魔法の腕前を磨こうとがんばっているが、私は常々言っているんだ、魔法も大事だが、まずは人間としての自身を鍛えよ、とね」
そこで一呼吸置いて、生徒会長は大げさな動作で身を翻し、俺の正面に立った。
「その上で、ダイゴロー、君は魔法を使って何をしようとしているのかな?」
質問、ではない。
尋問、いや……詰問かもしれない。
「ご存知でしたか」
ユーキオ先生と対峙したときとはまた別の種類の恐怖が俺の足元から立ち昇る。
生徒会長は空手だ。俺が仕方なく着ている学院の制服と同じものを纏っている。徽章や勲章が胸元にぶら下がっていたり、腰のベルトがやたら太かったりするが、観察する限り、装飾面以外で差異はない。つまり、武器は持っていないはずだ。にもかかわらず、俺は銃口を突きつけられているかのような(突きつけられたことないけど)イヤな焦燥感、はっきり言えば命の危険を感じ取った。
「生徒会長だからね。だいたいの事柄は耳に入るし……目で確かめられる」
「でしたら……ご理解いただけるかと」
「ご理解? 言葉を選びたまえ。無謀な賭けをするのは君の自由だが、可愛い学院の生徒たちやその未来を勝手にベットするのは、私としては許せない。本音を吐け。何のためにイサット家に協力する?」
おためごかしは無意味そうだな……会長の気迫で俺はそう悟った。お茶を濁そうとするかのような言葉をこぼした瞬間、俺の命はないものと予測した。
「……試したいのです」
正直に言っちまおう。この女に嘘は通じない。
「何を?」
「私の持つ、編集という力が、この世界でどこまで通用するのかを」
もちろん、トニオには、この世界で最初に出会った存在として、そして俺を認めてくれた人間として、小さくない恩義を感じている。
美少女だし、本がどうやら嫌いではないようだし、魔法やこの世界のことをいろいろと教えてくれるし、ありがたくも感じている。好意を抱いているといっても過言ではない。
困っていたら、もちろん助けてあげたいと思うし、実際、俺はそのためにこうして行動している。
が……腹の奥底の本音を言えば、俺は俺の力を試してみたいだけなんだ。
イサット家もワガタクアー家の諍いもそれに関係するあれやこれやも全部、やっぱりどうしてもこの世界における過ごした時間の少なさからか、他人事のように思えてしまう。
まだ元いた世界で、日本じゃないどこかの外国で繰り広げられていた紛争や軍事行動のほうが、我が事として考えることができた。
つまるところ、この世界の貴族様のケンカなんぞ、ぶっちゃけどうでもいいのである、俺は。トニオや局長が巻き込まれるのであれば助けたいとは思うものの、率先して問題解決にあたろうとは……実は思っていない。
俺は俺が編集したこの世界の本が、この世界でどんな結果を生み出すか、見てみたいだけなんだ。
「ふっふっふ……最初に研究局で見たときとは、別人のような顔をしているぞ?」
会長サマが悪役っぽく笑いかける。
「そうですか?」
「ああ。悪そうな顔だ。が、信じよう。善は口だけでもどうにかなるが、悪は心がなければ成り立たない。ダイゴロー、君の悪巧みにはハートがあるね」
褒められている、と解釈しておこう。それにしても会長のセリフって、どうも引用元がありそうっていうか、その引用元が俺のリテラシーとかなりかぶりそうっていうか……落ち着いたらこの疑問もどこかで調べるとするか。
「悪巧みの成功を祈って、これをあげよう」
黙って畏まっていた俺に、会長が何かを差し出した。そっと受け取る。なにこれ? ナイフ?
いや、ナイフにしちゃ、長いか。艶やかな朱塗りの鞘とくすんだ鉛色の鞘、刺繍で彩られた束は、おそらく鮫皮か何かが巻いてありそうだ。詳しくはないが、小太刀とか言うんだろうか?
「精霊をも斬るという伝説の名刀、ドージギリだ」
ドージギリ? ああ、童子切? ひょっとして童子切安綱ってこと?
いや全然違うんだが。童子切安綱は太刀で、俺が若い頃に美術館で見たときは刀そのものの状態だったが……装飾性はさておいても、サイズが全然違う。歴史のどこかで間違って伝えられちゃったんだろう……と思いつつ、また何かひっかかる。
歴史?
魔法書に記される文字も話す言葉も日本語のこの世界には、言語以上にいろいろと俺がいた時代の日本とつながっている部分がある……というか多すぎる。以前、会長は局長に対してツンデレという形容を用いていた。電気もガスもないようなこの世界にツンデレの概念はオーパーツ過ぎないか? どこでその言葉が出てきた? アニメも漫画もライトノベルもなかったら知らんだろ、そんな言葉。
「おっと、出どころを聞きたい顔をしているね? 五年前の反乱の折にちょっと失敬したわけだが……ガーシ公爵家の財産はほとんど王国に没収されてしまったが、まあ、少しくらいは形見分けをさせてもらっても許されるだろう?」
この異世界と俺のいた現代日本がどうつながっているかを確かめたい……が、頭の整理が追いつかない。パチもん童子切安綱を受け取り、制服のベルトに差した俺はしどろもどろに言葉を探す。
「……ありがたく頂戴いたします。なるほど小ぶりですが重厚感があって……」
「……おっと、アンが来たようだ。入りたまえ!」
振り返ると、狭い会長室の入り口に、ひとり、少女が立っていた。




