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大地の盾

アーダとの念声での会話の内容を伝えると、一番安堵したのはアニーチェだった。

アーダの身の回りの世話を任されたアニーチェは、館の中が赤い糸で埋め尽くされてしまった事について、責任を感じていたからだ。


よろよろと立ちあがろうとするアニーチェの身体を支えながら、ルティナがユウに聞いて来る。

「でも、アーダが言っていたという『繭』って、一体どういう意味なのでしょう?」


「うーん。はっきりとは分からないけど、アーダは自分の作った繭、みたいな言い方をしていたように思うんだよね」

「そんな事…、いえ仮にそうだとしても、一体どうやって?」

「その辺の事は俺にもわからないけど、後々アーダが教えてくれるんじゃないのかな」


フィノだけはまだ館の中を睨んでいる。

「私はアーダの事、まだ少し心配だけど、でもまあ、アーダが大丈夫だって言うのなら、きっと大丈夫なのでしょう。…そうよね、ユウ」


ユウは赤い糸で埋め尽くされた館の入口を閉めると、隣にいたフィノの背中を押す様にしてその場を離れ、館の前の広場の方へと歩き始めた。

「そうだな。別にコイツはアーダに害を及ぼすものではなさそうだし…、大丈夫なんじゃないかな」


少し遅れてルティナが後ろについて来る。

「あの赤い糸の塊が繭だなんて…、なんだか不思議な気持ちになりますね」


「人が糸を吐きだすなどと言う話は聞いた事がないので、蜘蛛…ではないのでしょうけれど、糸を吐く何か別の生物の力を借りているのかもしれませんね。でも、それはともかく、私はアーダさんが無事だったことが嬉しいです」

ルティナと一緒に歩くアニーチェの足取りもだいぶしっかりしてきている。


アーダが繭と言ったあの赤い塊はアーダに害を与える事はなさそうではあるものの、何のためのものなのかはまだわからない。

触り心地は良いようだったので、繭の中なら寝心地が良さそうなのも確かだが、ただ寝るためのものという事でもないだろう。

もしかしたら、あの中では傷の治りが良くなったりするのかもしれない。


そんな事を考えながら、少し歩いた所で、ユウはバウジフに促され、足を止めた。

同行していた他の皆もそれに追従する。


「まあこれで、ようやく一安心という所かの」

バウジフはアニーチェに近寄ると、その頭をポンポンと軽く叩いて労わった。

そして、まだルティナに半分もたれかかっていたアニーチェを自分の方へと引き寄せると、二人並んでユウ達の正面に立った。

その上で再び深々と頭を下げる。


「ありがとうございました。まさかこんなに早く鏡を取り返してきてくださるとは…。これで、この村は安泰です」

「その鏡、もう盗まれる事が無いように注意してくださいね」

「…気を付けますじゃ」


バウジフはユウの言葉に頭を下げて応じると、何やら後ろに合図した。

その合図を待っていたかの様に、四人の小人が真ん中が盛り上がっているほぼ円形の大きな板を四人で持って近づいてくる。


「これは、我らの遠い祖先が人間から預かったとされている、大地の盾という、我が村の宝の一つでの。この盾は見かけは大きいのじゃが、意外に軽くて、しかもなかなかに頑丈に出来ている、と伝えられておる。といっても、我々は使った事が無いので、どのくらい頑丈なのかについては正直な所は良くわからんのじゃがな」


小人達は、バウジフが話している間に、バウジフにその盾を渡すと、踵を返して元居た場所へと戻って行った。

その盾は、小人達にとっては四人がかりで持ってくるくらい大きなモノだという事なのだろうが、ユウ達普通の人間にとってみれば、少し大きめの盾だという程度の大きさでしかなかった。

それでも、かなりの大きさにはなる事は確かなので、小さなバウジフが持つには苦しいのかと思いきや、バウジフは、その盾を意外に普通に持てている。

と言っても、盾が地についている為、完全に持ち上げている訳ではないみたいだが…。


バウジフはその盾を大きな動作でユウの方へと押し出した。

「今回の御礼にこの盾を貰ってくだされ。あなた方のお役にたつかどうかはわからんが、我々のせめてもの感謝の証じゃ」

「でもこれはこの村の宝なのでしょう? 受け取れませんよ」

「いや、さっきも言った通り、この盾は元々人間から預かったモノなのでな、我々が使うには大きすぎるのじゃ。だから、人間であるあなた方が貰ってくれればありがたい。邪魔だというのなら無理強いはせんが、この盾は見かけよりずっと軽いから、人間であるあなた方には何かと使い勝手が良いモノではないかと思いますぞ。さあ、受け取ってくだされ」


ユウが受け取り手にしてみると、バウジフの言う通り、盾は驚くほどに軽かった。

表面に蔦の様な植物の模様が彫りこまれている、質感から材質は金属だと思われるその盾は、まるでプラスチックでできているかのように軽くて持ちやすい。

これならば、例えばルティナの様な女性でも充分持つ事が出来そうだ。


「やはりこの盾は人間が持った方がしっくりするのう」

盾を持ったユウの姿を見て、バウジフが独り語ちる。


「本当にいいのですか?」

「もちろんじゃ。というか、貰ってもらわにゃこっちが困る。我々はこの盾の他にはあなた方にお礼としてお渡しできるようなものは持ち合わせてはいませんからの」


考えてみれば、アーダを含めユウ達四人の中に、盾を持っている者は一人もいなかった。

フィノはその人並み外れた運動神経と大きな剣を使う事を考えても、盾など不要と思われるが、他の三人なら持っていれば、助かる事も有るかもしれない。

それに、これが重いものならば、その大きさも相まって、持ち歩くのを躊躇するかもしれないが、これだけ軽ければ、背中に背負うなどすれば、さほど困りはしないはず。

そうすれば、後ろからの不意の攻撃も防げるようになる、かもしれない。

その軽さから、意外にもろく、もしかしたら見かけ倒しという可能性も無い事はないのだが、小人達が感謝の証にと言うのなら、貰っておいて損はなさそうだ。


「では有難く頂く事にします」

ユウはこの盾を受け取る事にした。

そして、改めてその盾を持ち上げ、構えてみる。

バウジフはそんなユウの姿を見て満足そうに頷いていた。

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