繭
館の周りは異様な雰囲気に包まれていた。
と言っても、館の外観に以前と変わった所がある訳ではない。
違うのは、館の入口が赤く染まっていて、その赤くなった入口の前に人だかりができている事だ。
ユウがその人だかりの中へと割り込むと、それに気付いた小人達が一斉に左右に散って道を開けた。
入口の前では、アニーチェとバウジフが、小型のナイフのようなモノで、入口を埋め尽くしている赤い糸に斬りつけている。
しかし、恐らくはもうずっとその作業を続けていたのだろう、二人ともかなり疲れているようだった。
ユウがさらに近づくと、それに気づいたアニーチェは勢いよく両手をつき頭を深く下げて土下座の体勢を取った。
「申し訳ありません。私が少し目を離した隙に、アーダさんが赤い糸の中に飲み込まれてしまいました。お世話を任せられた私の責任です」
その隣へバウジフも進み出る。
バウジフもその場で頭を下げた。
ユウは二人の後ろを埋め尽くす赤い糸へと視線を向けながら、頭を下げたままでいるバウジフの手の中にカラスから取り返してきたばかりの結界の鏡を押し付けた。
「あなた達の言っていた宝具の鏡というのは、これで間違いありませんよね」
それに気付いたバウジフの顔色が一気に明るくなる。
「おお、これじゃこれじゃ。なんと、もう取り返してくださったというのか。素晴らしい。ありがとうございます。ありがとうございます」
しかしバウジフはそこまで言った所で、再び顔色を暗くし、声のトーンを落として続けた。
「あなた方が約束通り我らが宝具を取り返してくださったというのに、アーダ殿がこんな事になってしまい…、全く申し開きのしようもない」
「状況が良くわからないのですが」
「…すまんが、我々にも何が何だか良くわからないのじゃ。アニーチェの話では、昨晩も部屋の中をきれいに掃除してから寝た様なのじゃが、朝起きたらもうこの状態じゃったという事じゃ。しかもこの糸は、切っても切っても奥には全然進めんのじゃ。どうやら切れば切るだけ中から別の糸が湧いて出てきているようでの、アニーチェなどは朝からずっとそれを繰り返しているのじゃが、館の中には一歩も入る事が出来ていないのじゃ」
見れば、アニーチェの周辺には赤い糸の破片があちこちに散らばっていて、相当頑張ってくれていた事が窺える。
「これって、魔獣か何かの仕業なの?」
「結界の無事は確認できておるのでの。その目を掻い潜って、我々の知らぬ間に侵入するなど、ほぼ出来ないと見ていいはずなんじゃ。よぼど小さな魔獣なら、多少はその可能性もあるのかもしれないが、普通ならまずあり得ないはずじゃ。とはいえ、この状況では何者かがこの屋敷に紛れ込んだとでも考えなければこうなった理由がわからんというのが現状じゃ。アニーチェが新種の蜘蛛でも見かけたとでもいうのなら、話はまだ分かりやすいのじゃが…」
「どうなの?」
ユウはアニーチェに振ってみた。
アニーチェがゆっくりと顔をあげる。
「いいえ、そんなものは見かけていません。ですが、赤い糸の塊のようなモノは皆さんがこの村を発ってから昨日までの間に、何度も見かけました。その度、取り除いて綺麗にしていたのですが、その糸の塊の中には蜘蛛はもちろん、虫みたいなものも全くいませんでした。他にも蜘蛛の潜んでいそうな場所は色々と調べて見たのですが、館の中からは蜘蛛は一切見つかっていません」
「と言う事は蜘蛛ではないと…。確かに、たとえ蜘蛛でも部屋全体を糸だらけにするなんて、獲物を捕らえるという視点で考えても、効率が悪すぎるし、意味がない訳だしね。だとすると…」
思案するユウのすぐ横に、フィノが一歩進み出る。
「もうっ、そんなことどうでもいいじゃない。 アーダはこの中にいるんでしょ。だったら、まずは助けなきゃ。原因なんか、後で調べればいい事でしょ」
そして背中の剣を抜こうとする。
「ちょっと待って」
ユウはフィノの腕を掴んで、その動作を引き止めた。
「なに?」
「その前に念の声で聞いてみる」
ユウのその一言で、フィノは引き下がった。
フィノが引き下がった事を確認し、ユウはアーダに集中する。
『アーダ、聞こえる? ユウだけど。聞こえるなら返事して?』
ユウの問いかけに対し、アーダはすぐに念声を返してきた。
『き…聞こえ…ます』
だが、その声はとぎれとぎれで元気がない。
アーダとはこうして念声で話すのは初めてだが、それで戸惑っているのとも違う感じだ。
とはいえ、無事でいる事は確かなようだ。
『良かった。今助けるから、ちょっと待ってて』
ユウがそう話しかけると、今度は少し強い口調の返事が返ってくる。
『ダメ。今は…まだ、私の繭の…中に入って…来ないで』
『えっ?繭?』
繭と言うのは恐らくこの赤い糸の塊の事を言っているのだろう。
どういう事かはわからないが、それが本当なら、蜘蛛の巣などとは違う種類のものだという事になる。
『とにかく…今は私を…放って…おいて。今…は、こうして…頭の中…で、話すのも…辛いから。説明は…後でする…から』
アーダの声の調子はあまり芳しいものではない。
とはいえ、切迫感のようなモノも感じられないので、例えば何かの攻撃を受けているというような事はなさそうだ。
『わかった。一応、確認しておくけど、このまま放っておいても、アーダが危険になるような事はないんだよね』
『はい。…大丈夫…です。少しの間…見守っていて…ください』
危険がないというのなら、アーダの言う通り、しばし見守っていてもいいかもしれない。
ユウはそう判断し、最後に、何かあったらこの念声で語りかけてくるようにと、アーダに言い聞かせてから、アーダとの念声での会話を終えた。




