赤い糸
途中、森の中で一泊したユウ達一行は、来る時に通った道を逆向きに辿り、小人の村への帰路を急いだ。
その道行はえらく順調なものだった。
往路とは違い、魔獣を始めとする捕食者がほとんど襲って来なかったからだ。
考えるに、恐らくは往路でフィノが倒した獣たちが餌となり、この辺りにいる他の獣たちの腹が満たされている、という事なのだろう。
たまに獣に知らずに近づいてしまう事はあっても、彼らにこちらを気にする気配はない。
逆にこちらに背を向けて、足早に去って行くモノがほとんどだ。
とはいえ、何回かは襲って来る輩もいない事は無かったのだが、それはあっさりフィノが片付け、先を急いで馬を走らせると、往路よりも短い時間で村の周りの低い木の森へと入る事が出来た。
ここまで来れば、村まではもうすぐだ。
恐らくは結界の影響なのだろう、ちょっとした違和感があった後、そこからは襲って来るモノも全くいなくなった。
これでようやく一息つく事が出来そうだ。
という事で、少し速度を落としてのんびり馬を進めていると、何やら前方が騒がしい事に気が付いた。
いち早くそれに気づいたフィノが、慌てて背中の剣に手をかける。
ユウとルティナも警戒のレベルを上げた。
ところが、更に少し近づいた所で、フィノは剣から手を放し、体勢を元に戻した。
「村の外で小人達が騒いでいるわ。村で何かあったみたい」
三人の中で一番目がいいフィノには、その様子が見えるのだろう。
その様子から緊迫感は消えている。
「魔獣か何かが村に迷い込んだ、とかっていう訳ではないですよね」
目を細めて前方を探りながら、ルティナが聞く。
ルティナにはまだ村は見えていないらしい。
「逃げ回っている人はいないみたいだし、慌てている様でもないから、そういう訳ではないみたい。ただ、右往左往はしているみたいね。慌てているっていうか、どうしていいのかわからないっていう感じ?」
ユウも周りを見回して、異常のない事を確認する。
「結界はまだしっかり効いているみたいだし、間に合わなかった訳ではないと思うけど…」
「あっ、私にも見えました。村…はまだ見えませんけど、村の外ですね。小人達が右に左に、確かに右往左往しているみたい…」
「俺にも見えた。本当だ、どうしたんだろう?」
「とにかく近くまで行ってみましょうよ」
行ってみましょうと言ったのはルティナだが、フィノがその前に動いている。
気が付くとユウとルティナの目の前にはフィノの後ろ姿があった。
その後ろ姿をユウとルティナが追いかける形で、村へ向かって走って行くと、小人の一人がそれに気づいて近づいてきた。
その小人は両の拳をきつく握りしめ、駆け足でユウ達の元へと駆け寄ってくる。
「良かった。あなた方には何とか連絡をつけなければと思っていた所だったのです」
「どうしたのです?魔獣か何かが紛れ込んできたのですか?」
そんな事はないだろうと思いつつ、ユウは一応聞いてみた。
だが、やはりそうではないようだった。
「いいえ、まだ結界の効果は無くなっていませんから、それは大丈夫です。ですが…」
しかし小人はそこまで言うと、何故か急に言いずらそうになって押し黙った。
「?」
三人でお互いに目を見合わせる。
すると、小人は突然頭を下げた。
「申し訳ありません」
「なにが?」
「こ、これを…」
すると、その小人は握りしめていた右の拳を恐る恐るユウの目の前へと差しだし、そこでゆっくり拳を開いた。
そこには、絹のように細く滑らかな真っ赤に染められた糸がある。
遠目に見てもわかる美しい糸だ。
「これは…、何?」
「ご存じありませんか?」
小人は、すがるような目で見つめている。
ユウはしばし考えてみた。
しかし、ユウの頭のストレージにはこれに該当するものは見当たらない。
「うーん…、知らないけど。…これがどうかしたの?」
すると、その小人は明らかにがっかりしたようだった。
しかし、すぐに何かを決意した様に勢いよく顔を上げる。
「実は、アーダさんのお休みになっているお館がこの糸で覆われてしまいまして、しかもそれがあまりにも綺麗に包まれていたもので、もしかしたらあなた方ならその原因を御存知ではないかと…」
「どういう事?」
「最初に気が付いたのは蜘蛛の巣の様な細い糸の小さな塊でした。その時は我々も、私たちの良く知らない蜘蛛か何かが館の中に紛れ込んで、巣を張ろうとしているのかと思い、こまめに掃除をして取り除いたりしていたのですが、今朝見たら、もう部屋の中一面がこの糸で覆われていて、力ずくで除けようとしても、私達の力ではもうなかなか切れない上に、切ったとしてもいつの間にか再生してしまっている様で、全然取り除く事が出来ないのです」
「なんだって?」
彼の言う事には、正直わからない部分もない事はないのだが、館に何か異変が起こっている事は充分伝わってくる。
だとすると、アーダの事が心配だ。
アーダは怪我の影響でろくに動けない状態だったはずだからだ。
「アーダは? アーダは無事なの?」
ユウの言葉に、小人の顔は明らかにくもった。
「…それが、朝起きたらそんな状態になっていたもので、恐らくはまだその中に。今、アニーチェがバウジフ様と一緒に何とか糸を取り除こうとしているのですが、なかなか上手く取り除けないでいるようです。私達も何かいい道具がないかと村の周りを探して回っているのですが…」
「わかった。行ってみる」
ユウはその小人の話しが終わるのを待たずに、館に向かって走り出した。




