ガラス玉
カラス達との交渉が成立し、無事に鏡の交換を終えると、ユウはすぐに帰途に付いた。
実は、交換した鏡は彼らが想像していたよりも性能が良かったらしく、ルクを助けた事も含めてお礼の御馳走をしたいという申し出がカラス達からあったのだが、彼等の御馳走がユウ達にとっても御馳走とは限らない、というか、とても御馳走とは思えなかった為、すぐに帰らなければならないのでと丁重にお断りし、彼等とはそこで別れたのだった。
その際、母カラスのジリが、小さなガラス玉を二つ、子供を助けてくれたお礼にと渡してくれた。
それは、ユウが子どもの頃に遊んだビー玉にそっくりで、ユウにとっては懐かしくはあるもののさして珍しくはないものだった。
しかし、この世界では珍しい物なのか、ルティナが強い興味を示している様だった事もあり、ユウは貰った二つのガラス玉を、ルティナとフィノに其々一つずつ渡す事にした。
別にこれを例のプレゼントの代わりにしようという意図はないのだが、いつ買えるかわからないプレゼントまでのつなぎとして、という意味もない訳ではない。
フィノはともかく、ルティナは大分喜んでくれた様なので、まあ良かったと言えるのではないだろうか。
そして、その後カラス達とはその場で別れる事となった。
カラス達に見送られ、溶岩の上を戻りきると、そこから先は馬に乗り来た道を辿って戻る事にする。
峠に差し掛かった所でカラスの巣の方を振り返ってみると、数羽のカラスがその辺りの上空で旋回しているのが見えた。
恐らくそれが彼らなりの挨拶のつもりなのだろう。
そう思ったユウは、フィノとルティナと共に、そちらに向かって最後にもう一度大きく手を振ってから、峠を越えた。
すぐに旋回するカラス達の姿もごつごつした黒い溶岩も見えなくなる。
少しして、ユウはルティナが何やら手元を見つめている事に気が付いた。
「どうしたの?」
「あっ、ユウ様。何でもありません。ただ、このガラス玉、キラキラして綺麗だなって」
「確かに綺麗だけど、そんなに珍しいものかしら?」
いつの間にかフィノもルティナの横に並びかけていて、自分のガラス玉を空に翳している。
ルティナもそれを真似して自分のそれを空に翳した。
そうやって眺めると、玉が複雑な色を纏って見えるのだ。
しかし、そんな風に二人並んで空を見上げ、掲げたガラス玉を真剣に見つめている姿を横から見ると、少しだけ滑稽な感じがする。
そんな事を思いつつ漠然と二人の姿を眺めていたユウは、二人の持つガラス玉にちょっとした違いがある事に気が付いた。
ルティナのガラス玉がうっすらと青みがかっているのに対し、フィノのガラス玉はうっすらと赤みがかって見えるのだ。
二人はそうして並んでそれぞれのガラス玉を眺めていたようだったのだが、少ししてルティナが先程のフィノの独り言のような問いかけに答えた。
「そうですね。ガラス玉自体は結構普通に見かけますけど、こんなに真ん丸なガラス玉は珍しいのではないでしょうか」
「そうなの?」
「はい。確か、王宮にも飾ってあったと思いますが。少なくとも滅多にないものだと思います」
ユウはフィノにも同じことを聞いてみた。
「フィノの元居た所でも同じ感じなの?」
「ううん、私の故郷には結構普通に有ったわね。子供たちがこれで遊んでいたりしたもの。私も小さい頃、遊んだことがあるわ。指ではじいてぶつけたりしてね」
「なるほど。それなら俺の所と同じだな」
二人の反応から察するに、この世界でこの玉の様なガラス玉は珍しいものである様だが、フィノの元居た世界では、ユウの居た世界とほぼ同じレベルの物らしい。
子どもが遊ぶという事は、それほど珍しいものでもないということだ。
だから、二人の反応に微妙に差があったのだろう。
「でも、これがそんなに珍しいものなのなら、あのカラス、よくこんなものを持っていたものよね」
フィノはもう一度その玉を見つめてから、それを懐の中へと仕舞い込んだ。
「それもそうだけど、それだけ珍しものをくれたのなら、それくらい感謝してくれていたという事なんじゃないかな。大事にしなくちゃね」
いずれにせよ、その玉が母鳥ジリの感謝の証である事は間違いないだろう。
珍しいか否かに関わらず、あまり粗末には扱えない。
「でも、そういう事なら、この玉もフィノが持った方がいいのではないですか?」
ルティナが視線をユウとフィノとの間に彷徨わせつつ聞いてくる。
何もできなかった自分がこれを貰っていいのかと躊躇っているのだろう。
そんなルティナに馬を寄せ、フィノは思いっきり身体を近づけた。
「アドは、二つしかなくて申し訳ありませんが、って言っていたじゃない。つまりこれは誰にって言う事ではなく、私達三人にくれたものなのよ。だから、ルティナが貰っていいの」
ユウもそれに付け加える。
「そうそう。カラス達にはルティナの鏡をあげた訳だし、そのガラス玉も俺に持たれるよりはルティナに持たれる方が嬉しいだろうしね。それに、ジリもカイも俺がその玉をフィノとルティナに渡した所を見ていたけど、何も言っていなかったじゃない。 彼等だってもうフィノとルティナが貰ってくれたものと思っていると思うし、ルティナが遠慮をする必要は無いんだよ」
ルティナは再び視線を自分の手の中のガラス玉へと落とした。
フィノが身体を戻して言う。
「宝石じゃあないみたいだし、只のガラス玉ならそんなに価値はないかもだけどね」
「それはあまり関係ないでしょ。気持ちの問題なんだから」
「それはそうだけど、確か、あれって…」
ユウとフィノは、軽い口調で会話しながら、やや馬を先行させていく。
「そう…、なのかな…」
一人後ろに付く格好になってしまったルティナは、しばらくの間、何か観察するように、じっとそのガラス玉を見つめていた。