交換
幼いカラス、ジリを助けた事で、カラス達のユウ達に対する信頼度はぐっと上がったようだった。
彼らの態度もガラッと変わり、ユウ達の周囲をぐるりと囲んで発していた妙な威圧感も、もう全く感じられなくなっている。
この一件で交渉がやりやすくなった事は確かではあったのだが、事はそうそう上手くは進まなかった。
鏡はバウジフの言っていた鏡の特徴を備えていて、盗まれた小人の鏡である事も間違いなさそうなのだが、その鏡は彼らにとっても大事な意味が有るそうで、渡す事は出来ないと言うのだ。
聞けば、鏡の発する光の届く範囲がこの群れの縄張りになるそうで、反射率の高いこの鏡はもう手放す事が出来ないらしいのだ。
「って言う事は、それよりも良く光を反射する鏡を持って来れば、取り換えてくれるっていう事でいいのかな?」
盗まれた物を返してもらうだけなので、本来はそんな話をするのもおかしいのだが、それで話が早く進むのならと思い、ユウは聞いた。
話がこじれて長引くよりは、代りの鏡を買って来た方が早く決着がつくだろうと考えたのだ。
「それならば、こちらとしては言う事が有りませんが、実は光を反射するものであれば、鏡でなくてもいいのです。ただし、あの鏡と同じくらい光を反射するもので、あの木に吊るせるくらいの大きさのものでなければなりませんが…。そうでなければ役に立ちませんから」
「でもまあ、そういう事なら、そんなものを探すよりは、やはり街まで行って鏡を買って来た方が速いし確実なような気もするな…」
問題があるとすれば、鏡を買いに街まで戻るとなるとそれなりの時間が必要になると言う事だろう。
小人達は急いでいる様だった。
あの感じからすると、少しでも早い方がいいのだろう。
街まで往復する時間を待てるのかどうか、わからない。
折角鏡を手に入れても、間に合わなければ意味がない。
カラス達が一足先にあの鏡を返してくれれば、こちらとしては都合がよいのだが、それはカラスが納得するとは思えない。
「ユウ様、これを…」
しばし腕を組み考え込んでいたユウの目の前に、柔らかそうな掌に乗せられた見覚えのある小ぶりの鏡が差しだされた。
「これは…」
その手を辿って視線を上げると、そこには真っ直ぐにこちらを見つめるルティナの綺麗な瞳がある。
「巨人の村でユウ様から頂いた鏡です。これを使ってください」
「そうだった、これがあったんだっけ。……、でも、これはもうルティナのものだから…」
「いいえ、私なら構いませんから、使ってください」
ルティナは言いながら、その手を更に前へと差しだしてくる。
この鏡が使えれば、事は早く済むのだろうが、ユウとしてもさすがに一度プレゼントしたものを勝手に他の人、いや、カラスにあげる事には抵抗がある。
なので、しばしそのまま受け取らずにいると、それに気づいたアドとカイが飛び上がり、それぞれユウとルティナの腕の上に掴まって、その鏡を覗き見た。
「カイが少し見せてくださいと言っています」
そして、しばらくふたりで何やらごにょごにょ言い合った後、アドがくっと頭を上げた。
「この鏡は凄く滑らかに磨かれています。この鏡なら我々は喜んであの鏡と交換します。というか、交換して欲しいです」
「君達、何だか調子がいいなあ…」
この鏡が、小人の鏡の交換の対象としてカラス達に認められた事は嬉しいが、良く考えればあの鏡は元々カラスが盗んで行ったものだと思うと、何とも微妙な気持ちになってくる。
そんな二人と二羽でこじんまりとまとまっていた所へ、フィノが割って入ってくる。
「なになに、何をしているの?」
二羽のカラスは、フィノの勢いに押され、半ば反射的に小さく飛び退いた。
フィノの熱い視線が鏡の上に注がれる。
ルティナが慌てて言い訳する。
「あ、あの…、この鏡…、巨人の村の書庫の木の上でユウ様が見つけて…、その時、たまたま近くにいた私にくれたものなのです。で、ですから、今、ここで使ってもらっても構わないかなって…」
妙におどおどしているのは、フィノに内緒で自分だけプレゼントをもらっていた事を気にしての事らしい。
だが逆にルティナのその反応で、その鏡がユウがルティナにプレゼントしたものだと気付いたフィノは、小さく瞳を輝かせた後、頬を大きく膨らませた。
「あー、ずるい。私もユウからプレゼントが欲しいな」
しかし、その言い方は、意外に軽いものだった。
怒っている様子は、感じられない。
ユウはフィノの考えがわかった気がした。
「わ、わかった、わかったよ。今度何処か街に付いたら、フィノにも何か買ってあげる。それでいいでしょ?」
「やったー、約束よ。ルティナもそれでいいわよね」
「え?」
思いもよらず突然話を振られたルティナは、頭の上にクエッションマークを浮かべている。
その間に、フィノがルティナの腕のついさっきまでカイが留まっていた辺りを握って、近くに身体を寄せてくる。
「だって、せっかくユウに貰ったプレゼントをカラスさんにあげてしまうのでしょ。だったらユウに代わりの物を貰っちゃえばいいのよ」
つまり、ユウのプレゼントであるその鏡を手放してしまっても、新しいプレゼントを貰える事になったから悲しまなくていい、と言いたいのだ。
話しを聞いていて思いついたのだろう、フィノなりの優しさだ。
「そ、そうですね…。ありがとう、フィノ」
ユウは恐る恐る聞いてみた。
「アド達にはとりあえず貸して置いて、街で買って来た鏡と取り換えてもらうっていう手もあると思うんだけど…」
今さらかもしれないが、もし手放したくないのならそういう手もある、という事だ。
だが、ルティナは笑顔でそれを否定した。
「いえ、私の為にそんな余計な時間が掛る事はしなくていいです。ユウ様から新しいプレゼントをもらえるのならなおの事、私は構いませんから、この鏡はカラスさんや小人さんの為に役立ててやってください」
ルティナがそう言ってくれるのなら、ユウとしてはもう言う事がない。
「わかった。じゃあ、使わせてもらうね。アド、この鏡とあの鏡、交換してくれる?」
「わかりました」
アドが頷くと、カイは鏡を取りに行ったのだろう、例の立ち枯れの木に向かって飛び立った。




