通訳
飛び立ったカラスは全体のせいぜい半分もいなかったと思うのだが、それでも充分迫力があるものだった。
大きな塊となって上空を旋回されると、なかなかに恐ろしい。
ユウが落ち着くようにと諭すのだが、一向に収まる気配はなかった。
ルティナが申し訳なさそうに謝ってくる。
「ごめんなさい、脅かすつもりはなかったの。ちょっと思いついた事があったから、それをユウ様に伝えようと思っただけで…」
「いいよいいよ。だけど、何とか話ができるくらいには戻さないと。この状況のままだと、話が進みそうもない」
その横ではマイペースなフィノが独自に声を張り上げている。
「みんな、落ち着いて。私達はあなた達と戦うためにここに来たわけじゃないの。話し合いに来たの。だから、まずは私達の話を聞いて!」
すると、旋回するカラスの塊の中から、パラパラと別れて降下していくものが現れ始め、待つにつれ、次第にその数を増していった。
そして、しばらくすると黒い塊はなくなって、元の静かな空へと戻った。
さすがはフィノだ。フィノの方がカラスも言う事を聞くらしい。
自分が声をかけた時は無視されたのに、フィノの言う事は素直に聞いたという事で、少しばかり気落ちしながら、ユウが何とか視線を元の場所へと戻すと、そこには、最初にユウが話しかけたカラスが、一連の騒ぎにも全く動じた形跡もなく、先程と全く同じ場所で堂々と羽を休めていた。
恐らくこのカラスがこの群れのリーダーなのだろう。
もしかしたら、先程舞い上がったカラス達がまた元に戻ったのは、フィノの言う事を聞いた訳ではなく、リーダーのカラスが泰然自若としているのを彼らが見たからなのかもしれない。
いずれにせよ、こうして辺りはようやく静けさを取り戻す事となった。
が、ふと見ると、遠くの空にカラスが一羽まだ飛んでいる。
そのカラスは、離れた場所からこちらに向かって飛んできているようだった。
どうやら先程来感じていた少し異質な波動はこのカラスのものらしい。
やや小柄なそのカラスは、ユウ達の居る場所の上空で慌ただしく旋回し、リーダーカラスのすぐ隣へと降りてきた。
そして、小声で小さくカァカァ鳴いて何やらリーダーカラスに伝えると、リーダーカラスはそのカラスと入れ替わる様にして飛び立った。
向かったのは、その小柄なカラスの来た方向だ。
何があったのかはわからないが、今リーダーにいなくなられてしまっては、話が前に進まなくなる。
ユウは慌ててリーダーカラスを引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ話は終わっていない」
それに対する返事はユウのすぐ近くから聞こえてきた。
「急用なのです。少々お待ちください」
「そんなこと言ったって、まだ何も…」
ユウはそこまで言った所で、固まった。
そしてそこからゆっくり視線を下ろしていく。
すると、つい先程まであのリーダー烏のいた岩の上に、今はそのリーダーカラスよりも二回りくらい小さい澄ましたカラスがとまっていた。
よく見るとそのカラスの色は若干薄い。
いや、薄いのではなく、羽の色がやや青みがかっているようだ。
一見したくらいではなかなか見分けがつかないレベルだが、一度気が付けば明らかに違って見える。
このカラスが言葉を発したらしい。
ユウはそのカラスの顔をまじまじと見つめた。
「今しゃべったのは…お前か?」
「そうです。私はアド。通訳です」
「通訳?」
「はい。我々の仲間は人語を解する事は出来るのですが、発声する事は出来ないのです。ですが、私の体は特殊みたいで、声が出せます。なので、必要な時だけ通訳を任されているのです」
なるほど。
その話しが事実なら、今まであのリーダーカラスを始めとして、誰も何も言わなかった事にも説明がつくというものだ。
驚く事に、アドと名乗ったこのカラスの発する言葉は、人の発した言葉とほとんど遜色のないものだった。
それがかえって違和感を感じさせているような気もしないでもないのだが、会話が普通に出来そうなのは有難い。
フィノが一歩前へと進み出る。
「私達の言っている事がわかるのなら、話は早いわ。小人の村から盗っていった鏡を返してあげて。あの鏡はあの人たちの大事なものなの。お願い」
「私はあくまで通訳なので、何も決める権限はありません」
「なら、誰と話せばいいの?」
「先程までここにいた、カイという名のカラスが我々のリーダーです。重要な事は、全てカイが判断します」
フィノとアドは、もうすっかり普通に会話をしている。
こうしてみると、意外にそれが当然の事の様に思えてくるから不思議なものだ。
「じゃあカイは一体何処へ行ってしまったというの?」
「すみません、ちょっとアクシデントがありまして…」
「どういう事?」
「実は、先程皆が一斉に飛び立った際、一羽の幼鳥が溶岩の隙間に落ちてしまったのです。このゴツゴツした溶岩の下には所々に空洞があって、我々はそれを利用もしているのですが、把握できていない空洞もたくさんあって、その幼鳥はどうやらそこに落ちてしまった様なのです。カイは、それを助けに行ったのです」
「助けるって…、どうやって」
「ある程度大きな隙間なら、飛んで中に入る事が出来るのですが、我々が入るためには翼を広げてもぶつからないくらい大きな隙間が開いていなければ入れません。ですが、今回の場合、恐らくそこまで大きな隙間は開いていないでしょうから…」
アドが言葉を詰まらせる。
フィノは一歩アドの方へと近づいた。
「なら、どうするつもりなのよ」
「…わかりません。というか、もしそうなら我々にはやりようがありませんので、普通なら諦めるより仕方がありません。ですが、ここの所、色々あって子供の数が減っているので、可能な限りは助けたいのです」
アドの声は深く沈んでしまっている。
フィノは勢いよくユウの方を振り返った。
「ユウ!」
フィノの言いたい事はユウにもすぐにわかった。
ユウも同じことを考えていたからだ。
ユウが頷くと、フィノはすぐに動いた。
「アド、案内して。私もそこに行ってみる」
そして、アドの答えを聞く前に、フィノはもうリーダーカラスの飛び去った方角へと向かって走り出していた。




