カラスの巣
正直に言うと、ユウはカラスを説得する方策など何も思いついていなかった。
とはいえ、言葉が通じると言うのが本当なら交渉は可能なはずなので、ならば後は誠実に話をするしかない。
誠実に話をすればわかってもらえるのものなのかどうかは良くわからないが、それくらいしかできる事はなさそうだ。
例の鏡は、なるべくなら無理強いではなく合意の上で返してもらいたい。
無駄に戦う事だけは避けたい所だ。
「何にしても、とにかくカラスと話し合わなくちゃ、だな…」
ユウは気合いを入れ直す意味も込めて力強く立ち上がった。
そこはまだ目の前の岩の陰になっている場所の為、カラス達からは見えない場所…のはずだった。
にもかかわらず、ユウは一羽のカラスと目が合った。
視線と視線が真正面からぶつかり合い、思わず身体が固まってしまう。
カラスの方も、たまたまそのタイミングで空高く飛び立っただけだったのに突然ユウと目が合ってしまったという感じで、最初は少し混乱していたようだったのだが、ユウよりも一足早く我に返ると、周りにとてもよく響く大きな声で鳴き始めた。
クゥワー、クゥワー、クゥゥワー
その声に反応し、立ち枯れの林からカラス達が一斉に飛び立ってくる。
その数は何処にそれだけのカラスが潜んでいたのかと思うほどだ。
バウジフの話の通り、このカラスが只のカラスでしかなかったとしても、これだけの数に襲われれば、さすがにただでは済まないだろう。
ルティナが矢を取り、弓を引く準備に入った。
フィノも背中の剣に手をかける。
それに気づいたユウは、すぐに叫んだ。
「二人とも、待って! 武器を使ってはダメだ!」
その指示に従い、二人がその場で動きを止める。
しかし、さすがに戸惑ってはいるようだった。
「でも、遅れてしまうと私の弓は役に立ちませんよ」
「私もあれだけの数を相手にするのは結構苦しいかも」
確かに、二人の言うように彼らと戦うのであれば先手を打った方がうまくいくのかもしれない。
しかし、交渉をしようと言うのなら、武器をちらつかせてしまってはせっかく上手くいくはずのものも上手くいかなくなってしまう。
そうなってしまっては、後は力ずくで奪うしかなくなる。
なるべくなら、それは避けたい所だ。
「二人はここで待っていて。俺が行ってカラスと交渉してくる」
ユウは二人をこの場に残し、一人でカラスと交渉する事にした。
交渉するのにわざわざ三人で行く必要はない。
しかし、当然のように二人は反対する。
「だめ、私達も一緒に行く」
「そうですよ。一人で行くのは危ないです」
上空には見る見るカラスが集まってくる。
特別な能力を持っていないのだとしても、あれだけのカラスに一斉に襲われればとても避けきれるものではない。
硬い嘴がユウの頭を直撃すれば、一撃で命を失う可能性だってない事はないだろう。
しかし、今の所カラス達に襲って来る気配はない。
ユウ達がいる場所がごつごつした溶岩と溶岩の隙間のような場所になっている為、攻めあぐねているようなのだ。
どうやらこの場所は、ユウ達にとって意外に都合の良い場所だったらしい。
とはいえ、カラスの大群がユウ達の真上に集まってきている事も事実で、こうなってしまった以上、もう隠れていても仕方がない。
こちらからカラス達に近づいていく手間が省けた、と良いように考えるしかないのかもしれない。
ユウはこの場で交渉を試みる事にした。
フィノとルティナに、今いる岩の狭間にいざとなったら飛び降りる、という事で納得してもらい、一人、目の前の大きな岩の上へと登っていく。
ユウがなんとかその岩の頂まで登りきると、それを持ちかまえていたかのように、一羽のカラスがユウの頭上すれすれを物凄い勢いで通り過ぎた。
ユウの身体に触れてはいないのだが、もし当たれば大怪我は避けられない。
当てなかったのは、警告のつもりだからだろう。
ユウはたった今通り過ぎていったそのカラス目がけて、大声で話しかけた。
「俺達は君達と戦いに来たわけではないんだ。君達は俺達の言葉がわかるんだろう? 話を聞いてくれないか」
するとそのカラスは、仲間のカラス達の方を向いて大きく一声、クゥワァーと鳴いてから、ユウの正面十メートル程の場所にある小さな岩の出っ張りの上にすーっと舞い降りてきた。
そこから様子を窺うように、ユウの事をじっと見つめてくる。
それを見た周りのカラス達も、一斉に周囲の岩の上にバラバラになって降りて行く。
カラス達は誰も返事をしてくれないが、特別攻撃を仕掛けて来る様子もない。
どうやら話を聞いてくれるつもりと考えて良さそうだ。
「話を聞いてくれてありがとう。……。俺達は、小人達に頼まれて鏡を探しにここへ来たんだ。その鏡は彼等の宝物で、彼等はその鏡がないと生きていけないらしいんだ。君達はその鏡の在り処を知らないか?」
話しの途中で、一部のカラスが大きく羽を羽ばたかせた。
その行為には、ユウの話に対する抗議の意味があるようにも思えなくはなかったが、幸いにしてユウの目の前のカラスには何の反応もなかった。
それはある意味無視を決め込んだ、とも見えなくはない態度でもあったのだが、攻撃を仕掛けてくる気配も見られなかったので、ユウは続ける事にした。
「あの一番大きな立ち枯れた木の上で時折光っているのは鏡でしょ。もし、あの鏡が小人の鏡なら返してほしいんだ。返してくれれば、お返しに俺にできる事で良ければ、何でもするつもりだからさ」
「…………」
「とりあえず、あの鏡を見せてくれないかな。まずは確かめてみたいんだけど…」
「…………」
何を言っても、目の前のカラスはもちろん、もう周りのカラス達も何の反応も示さない。
遥か遠くでカァカァという鳴き声が聞こえたような気もしたが、少なくとも見える範囲にいるカラスからは特に反応らしい反応はない。
困ったユウが、次に何を言おうか考えていると、我慢できなくなったのか、ユウの立つ岩の下から突然ルティナが姿を現し、ユウの背丈ぐらいの高さまで飛び上がった後、その高さから見事に着地を決めて降り立った。
少し遅れてフィノも同様にして現れる。
フィノはともかく、ルティナは自力でそんな事をするのは無理なはずなので、フィノの力を借りたのだろう。
二人とも武器は背中に収めた状態だ。
ユウの交渉を助けるために来たのだろうが、その登場の仕方は、あまりこの場に適したものとは言えなかった。
二人が突然湧き出したように見えた為、一部のカラスが驚いて再び空へと飛び立ってしまったのだ。
それに引きずらせるようにして沢山のカラスが羽ばたき始め、その音が重なりあって、大きな音のうねりとなって響きわたる。
ユウはその大きなうねりの外に、別の小さな波動がある事を、何故かしっかり感じ取っていた。




