猛獣の巣
すぐにフィノとルティナが駆け寄ってくる。
「ユウ、大丈夫」
「ユウ様、ご無事ですか」
崩れ落ちるビグーの体をよく見ると、フィノの剣がビグーの腹を裂いていて、ルティナの矢はビグーの片方の目を貫いている。
アーダが槍で突く事でビグーの突進力が弱まったその隙をついて、フィノもルティナも追撃を仕掛けていた、という事だ。
ビグーの歯がユウまで届かなかったのは、この二人のおかげでもあるのかもしれなかった。
アーダは、一人ビグーの喉に突き刺さった槍を引き抜こうとしている様なのだが、その表情には明らかに余裕がない。
その事に気づいたユウが手を貸すと、槍はようやくビグーの体から抜き去られた。
アーダが手間取っていたのは、やはりその長さが原因だったらしい。
ビグーの体は、ユウとアーダが槍を引き抜いた事で完全に地に落ちる事となった。
ラビアローナの槍に欠損は見られない。
さすがはユニコーンの角だという事だろう。
槍が抜けた事を確認し、ユウはビグーの亡骸から少し離れた。
そこへルティナが割り込んでくる。
「すみません。私がもう少し早く動ければ、ここまでビグーに迫られる事も無かったのに…」
フィノもルティナとは反対側の隣に馬を並べる。
「違うわ、ルティ。私が油断した所為よ。そもそも私があそこで取り逃がさなければ、こんな事にならなかったんだもの」
そしてすぐにアーダに向かって頭を下げた。
「アーダ。ユウを助けてくれてありがとう。あなたがいてくれて助かったわ」
反対側からルティナも言う。
「私からもお礼を言わせてください。ありがとう、アーダ」
「へへへ、これくらいの事、なんでもない…さ」
二人からありがとうと言われ、アーダは照れて身体を捩った。
しかしその行為の所為で長い槍が大きく振れる。
ユウは何とかその槍を掴んで押さえた。
「あ、危ない。ちょ、ちょっと、アーダ、大人しくしていて」
押さえなければ、フィノやルティナに槍が当たっていたかもしれない。
さすがに槍が刺さる事までは無いだろうが、馬から振り落とされたりしたら大変だ。
アーダが気付いて謝ってくる。
「ご、ごめんなさい。あたし、そんなつもりじゃ…」
そのアーダの言葉を遮る形で、フィノの鋭い声が飛ぶ。
「何かがこっちに近づいてくるわ!ここにいたら危険みたい。私について来て!」
言われてみれば、確かに気配はまだいくつも感じられる。
その全てがこの場所に向かって来ている訳ではないのかもしれないが、この場所を窺っているものがいる事も確かなようだ。
ビグーの流した血の匂いが肉食獣を集めてしまっているのかもしれない。
こちらとしては、ビグーの肉などには興味はないので、フィノの言うとおり、とっととこの場を去った方が良いだろう。
「後ろは私が引き受けますから、ユウ様も早く行ってください」
動き出したフィノの後ろに押し出すようにして、ルティナもユウを煽ってくる。
アーダももう表情を引き締め直している。
「ガリーボックとバンゴがこのビグーを狙っているようです。奪い合いに巻き込まれる前に早くここから離れた方が…」
そんなルティナの説明の最中に、木の上から黒い塊が落ちてくる。
その塊はユウとアーダの身体の直前を、ビグーの亡骸に向かって斜めに通り抜けていく。
驚いたのか、アーダが身体を硬くしたのがわかる。
ユウも咄嗟の事で混乱し、馬を出すのを忘れてしまっていた。
「早く!」
ルティナに煽られ我に返ったユウは慌てて馬を走らせた。
すぐ後ろをルティナがついてくる。
「今のはガリーボックです。ビグーを食べる事に集中し始めたようなので、少なくとも今はこちらを追いかけるつもりはないようです」
ガリーボックがどんな獣かはわからないが、それが何ものであれ、追って来ないというのは有難い。
ふと見ると、今度はユウの馬のすぐ横を、縞模様のない虎に似た獣が通り過ぎて行く。
正確に言うと、それはその虎の亡骸だった。
先頭を行くフィノに襲いかかった虎が返り討ちに合ったらしい。
さらに何頭か同じ目に合ったヤツがユウの横を通り過ぎる。
その事実からみても、かなりたくさんの獣がここに集まってきているのがわかる。
だが、それもフィノが数匹討ち取った後は、全く襲って来なくなった。
これは彼らのエサとなる肉が十分出来たという事も有るのかもしれないが、遠目の敵が近づいて来る前にルティナが威嚇の矢を放っていた所為でも有る。
それにより、ユウ達を襲う事を止めた獣も多くいたのだ。
にしても、この辺りにはずいぶんとたくさんの獣がいる事も確かなようだ。
野生の肉食獣が珍しいという訳ではないのだが、ここへ来て急にたくさん現れるようになった事には違和感を感じざるを得ない。
もしかしたら追ってきた声の主の困り事とも関係があるのかもしれない。
そんな事を考えながら、ただひたすらフィノの後ろをついて馬を走らせていくと、少しして、しばらく続いていた大きな木の森を抜けた。
声のした方向はこの先で間違いない。
なので、そちらへ向かってさらに進むと、今度は背の低い木が整然と立ち並ぶ森へと差し掛かった。
この森の中からは凶暴な気配は感じられない。
その事を確認し、ユウはようやく緊張状態から解放された。
大きく息を吐き、その流れで何気なく手元を見る。
そこにはべっとりと血がついていた。
慌ててその手を正面に持って来て確かめる。
だが、痛みが無いのはもちろんの事、どこにも傷は見当たらない。
目の前では、ユウが手を放した所為か、アーダの身体が傾き始めている。
それに伴い、アーダが持っているラビアローナの槍も傾いていく。
ユウは急いでアーダの身体を抱きしめ直した。
その指先に、ぬめっとした嫌な感触がある。
ユウは、それでようやくアーダが怪我をしている事に気が付いた。




