不穏な気配
意外に早くユウはフィノに追いついた。
これは、ユウが馬を煽って速く走らせた、と言うよりは、フィノが馬の速度を抑えたせいだ。
この森の木は整然と並んではいない為、元々馬を速く走らせるのが難しい地形ではあるのだが、フィノが速度を落としたのは、単純にそれが理由だった訳ではない。
フィノはこの先に気配が複数ある事を感じ取ったのだ。
といっても、その気配の中でどの気配がユウを呼んだものかわからないから、と言う事でもない。
そんなモノは近づいてみれば大抵わかるものだ、とフィノは経験上わかっている。
では何故速度を落としたか。
それは、その気配があからさまな殺意を持っていたからだ。
とはいえ、その気配は既に何かを襲っているという風でもない。
むしろ、獲物を探す捕食者が、その気配を消し切れていない、とでもいう感じだろうか。
同じ気配をルティナも感じた様だった。
「ユウ様、この先に…」
「わかってる。ルティナも注意して。狙われているのは俺達かもしれない」
振り返ると、ルティナは既に背中に背負っていた弓を手に持ち、臨戦状態に入っている。
前方ではフィノも大剣を右手に持ち、左右を警戒しながら慎重に歩を進めている。
その姿は二人とも妙に決まっていて格好いい。
そんな二人につられるように、ユウも腰の剣を抜こうとした所で、目の前で何やらごそごそしているアーダの姿が目に入った。
「何…してるんだ?」
「私も戦う」
見ると、アーダはその長さのため馬の脇腹に括り付けていたラビアローナの槍を、何とか外そうとして体を屈め、馬から落ちそうになっている。
気持ちはわからないではないが、アーダが槍を手にしても、戦力どころか邪魔になるだけだし、それ以前に、そんなものを振り回されてはユウが怪我する事になる。
ユウは慌ててアーダの身体を引き起こした。
「無理無理、馬上で槍を扱うのはアーダにはまだ無理だよ。ここはフィノとルティナに任せた方がいい」
俺に任せろ、と言えない所が歯がゆい、というか、情けない所だが、アーダを抱えたこの状況で戦える自信はユウにはない。
とはいえ、身を守る必要はある。
自分はともかくここにはアーダも一緒にいるのだ。
何かあってもアーダだけは守りたい、という思いは当然ある。
なので、アーダを馬の上に戻し、再び腰の剣を抜くべく柄に手をかけようとした所で、ユウは不意に足元を何かにすくわれた。
危なく馬から落ちそうになりつつも、アーダに掴まれ何とか体勢を立て直す。
気が付くとアーダはいつの間にかラビアローナの槍を握っていた。
ユウがアーダの身体を引き起こした時には既に槍に手が届いていた、という事らしい。
アーダはユウの無事を確認すると、その長い槍を身体の上に掲げ、格好付けて振り回した。
ユウの頭のすぐ上を、ラビアローナの槍が勢いよく通り過ぎる。
正直、やらなくてもいい行為だ。
「危ないからやめて、アーダ」
「アーダだってフィノやルティナに負けてられない」
どうやらアーダはフィノやルティナと張り合うつもりでいるようなのだ。
だが、どう見てもアーダは槍を持て余している。
ラビアローナの槍は大人が持っても長い槍なので、小さなアーダが持てば持て余すのは当然の事だ。
しかし、ユウが止めてもやめる気配はみられない。
とはいえ、この場面ではアーダのわがままを黙って見ている訳にはいかない。
やむなくユウがアーダからラビアローナの槍を取り上げようとしたそのタイミングで、フィノが突然大きな声を上げた。
「見つかった!」
「どこです?」
すぐにルティナが反応する。
弓には既に矢を番えている。
「前よ。何かわからないけど、強い殺気を放った奴が、ものすごいスピードで近づいてくる。私がやるから、二人は下がってて」
言いつつフィノは少し前へと進み出た。
ユウはアーダの槍を取り上げるのを一旦諦め、フィノの言う通り少し馬を下がらせた。
ユウの斜め後方からルティナの鋭い声が聞こえてくる。
「フィノ、少し右に!」
間髪入れずにフィノが一歩右へと移動する。
それとほぼ時を同じくして、ユウの耳元を一陣の風が通り抜ける。
その風、つまりはルティナの放った矢は、木々の間を通り抜け、刻々と近づいてくる強い気配に向かって一直線に飛んでいく。
だが、その矢が到達する直前に、気配の主は大きく左に跳んで矢を避けた。
あのルティナの矢をあっさり見切って避けるとは、どうやら手ごわい相手と見ていいようだ。
しかし、それでもその矢のおかげで、そいつの突進が止まった事は大きかった。
一瞬でも止まってくれれば、相手の姿がはっきりわかる上に、もう一度加速するにしても、最高速に達するまでにはある程度の時間を要するはずだからだ。
フィノもその事を見込んでいたのだろう、気が付くとフィノは既にルティナの矢を追いかけ、走り出していた。




