大木の森
霧はなかなか晴れては来なかった。
日の射す角度はわかるので、太陽が昇っている事はわかるのだが、にもかかわらず霧は全くなくならない。
かといって、先が全く見えなくなるような事も無く、また、後ろから付いてくる二人の姿が霧に隠れて見えなくなる事も無い。
その為そのまま進んで行くと、日もそろそろ頭上にさし掛ろうという頃になって、ようやく前方に森が見えてきた。
ユウはその時になって初めて、霧が薄くなっていた事に気が付いた。
思ったよりも遠くから森が見えたからだ。
と言う事は、想像通りここまではただ何もないだだっ広い空間がひろがっていた可能性が高いと見て良いのだろう。
何もない場所だからこそ、霧の白さが際立って見えた、という事だ。
森は、近づくにつれ次第にその存在感を増してくる。
大きな木が林立する意外に深そうな森だ。
少しして、一行はその森の入り口に到達した。
霧はいつの間にかもうほとんど感じないくらいに薄くなっている。
その事を確認し、ユウはようやく一息ついた。
「ふぅ、やっと霧を抜ける事が出来たみたいだな」
「変な霧だったわね。前後左右で霧の深さが違って感じたもの」
ここへ来てようやく隣に並びかけてきたフィノにそう言われ、振り返って後ろを見てみると、少し先までは地表が見えているものの、その先はこれまでと変わらない真っ白な世界が続いている。
障害物までの距離によって霧の深さが違って感じる事はあるだろうが、確かに少し極端すぎるような気もしないでもない。
「でもそれは多分俺達の感覚の問題なんじゃないかな。実際に霧の濃さが向きによって違う訳がないし」
「そうかな。例えば魔法を使えばできるんじゃないか?」
アーダがしれっと言ってくる。
そう言われてしまうと、そうであるような気もしてくる。
なので、ユウはこの中では一番知識の豊富なルティナに話を振ってみる事にした。
「ルティナ、そんな事って可能なの?」
ルティナの返事は早かった。
「いいえ、目隠しの為に霧を発生させるような術式ならあるかもしれませんが、それでも前後左右で濃さの違う霧なんて、少なくとも私は聞いた事がありません。っていうか、そんな霧、何のために発生させる必要があるのでしょうか。それに、こんなに広範囲に影響を及ぼすものがあるとすれば、恐らく魔法というよりは結界と言う事になると思うんですけど、結界だとすれば、たぶんもっと侵入者の事を妨害する仕掛けのような物があるんじゃないかと思うんです」
「と、いうことは?」
「はっきりとは言い切れませんが、この辺りの地形に起因する自然の霧ではないかと…」
ユウは小さく頷いた。
「ルティナがそう言うのなら、多分そうなんだろう」
これが人為的なものであるのなら、それを仕掛けた理由を考えなければならなくなるので、そうでない方がそんな余計な事まで考えなくていい為、随分と助かる。
ルティナが少し慌てて付け加える。
「もし違ったらごめんなさい」
この事で判断を誤り、危険に巻き込まれたら大変だと思ったのかもしれないが、ルティナがそんな事を気にする必要はない。
どのみちルティナが知らない事は、他の者もほぼ知らないはずなのだ。
ルティナ以外の者の想像で動くよりは、遥かに確度がある。
フィノも同じような事を思っているのだろう、ルティナの危惧など軽く流してしまっている。
「もう通り過ぎちゃったんだから、そんな事もうどうでもいいじゃない。それより、先に進みましょうよ。ユウ、声の主はこっちでいいのよね」
「ああ、それは間違いない。行こう」
ユウは手を大きく前に振り、それからゆっくり馬を前に進めた。
間違いない、と言い切ったユウだが、実は少し自信が揺らいできていた。
声の残滓がかなり薄くなってきているのだ。
ここから先は恐らく今覚えている方角だけを頼りに進んで行き、また声がするのを待つより仕方がない。
この森は背の高い大きな木がランダムに立ち並び、その所為で真っ直ぐに進む事は出来ないものの、地面は土がむき出しになっていて、馬で進むのに支障となるような障害物は少ない。
時たま地表に表れる大蛇のような根の所為で、さすがに馬を並べて行く事までは難しそうだが、先程までと同様、一列になって行く分には問題ない。
そうやってユウの感覚で小一時間ほど進んだ頃、進行方向のやや斜め右前方から、突然声が聞こえてきた。
『困った、困ったぞ。誰か我等の窮地を救ってくれる者はおらんかものかのう』
その声は、今まで追ってきた声の方向とあまり変わらない方向から聞こえてくるのだが、明らかに声の質が違う。
と言う事は、別の声と考えていいだろう。
『このままでは、我等は絶滅してしまう。何とかアレを取り戻さねば…』
しかも、その言葉の内容に、なんだか不穏な言葉が混ざっている。
「どうしたのユウ、声が聞こえたの?」
思わず立ち止まってしまったユウの隣に、フィノが並びかけて聞いてくる。
相変わらずフィノは察するのが早い。
「ああ、残念だが、例の声ではないけどね」
「って言う事は、きっと急を要するんじゃない? 方向はどっち? 早く行きましょうよ」
フィノはもう言わなくても良くわかっている。
こういう場合は、通常、切迫の度合いが大きい事が多いのだ。
しかも、こうなると、新しい声の主を助けてからでないと、経験的に元の声は聞こえなくなってしまっている可能性が高い。
ルティナもアーダも状況を察して何も言わずにユウの指示を待っている。
「声は…、こっちだ」
ユウがその声のした方向を指差すのを確認し、フィノがすぐにその方向に向かって馬を走らせる。
「ちょ、ちょっと。フィノ、もう少し慎重に…」
「ユウ様、私達も行きましょう」
引き止めようとするユウを、ルティナもそんな風に促してくる。
ユウはフィノを引き止めるのを諦め、フィノを追いかけ馬を走らせた。




