角の槍
ユウとラビアローナのやり取りはバールリッツも聞いていた。
バールリッツはラビアローナの判断に異論をはさむつもりはなかったため、ふたりの話を黙って聞いてのだ。
そんなバールリッツのすぐ脇を、アーダがするりとすり抜けていく。
そして、ユウが拾い上げたばかりのラビアローナの角を、半ば奪い取るような形で手に取った。
その予想外の行動にやや気圧されぎみにユウが聞く。
「それ、欲しいのか?」
アーダは自分の身長よりも遥かに長い角を身体の正面に立てて持ち、その先端を見上げるようにして食い入るように見つめている。
いや、見つめているというよりは見つめ合っていると言った方がしっくりくる、そんな風に感じられるほど、アーダは角の模様のように絡みつく様な視線を浴びせていた。
そうやって、しばしその場で固まっていたアーダだったが、少ししてようやくユウの方を振り返った。
「ユウ、これ、あたしが持っていたい。よくわからないけど、こいつ、あたしの事を呼んでいるような気がするんだ」
ユウとしては、別にアーダにその角を任せる事は構わないと思うのだが、角はアーダの身長を遥かに超える長さがある。
持ち歩くだけでも結構大変だ。
「でも、それ、アーダには大きくて邪魔なんじゃない?」
なので、ユウがそう聞くと、アーダは首を大きく左右に振った。
「大丈夫。これ、見かけよりずっと軽くて持ちやすいし、それに、これ、妙にあたしの手に馴染むんだ」
言われてみれば、何故かあまり違和感の様なものは感じられない。
それに、良く考えれば、街中でも武器として長い槍を持っている者は見かけない事も無い訳だし、フィノは剣、ルティナは弓を武器にしているのに対し、アーダは自分の武器を持っていないのだ。
そう言う意味でも、アーダがこの角を持つのが良いのかもしれない。
アーダに武器が必要かどうかは考えどころだが、これから先、突然魔獣に出くわした時の事などを考えれば、武器の一つくらいは持っていた方がいい気もする。
「わかった。じゃあ、それはアーダが持っている事にしよう。だけどもし手に余るようなら俺が引き受ける事にする。いずれにせよ、せっかくの好意を無駄にするような事だけはしないよ。約束する」
最後の言葉はラビアローナに向けて言った言葉だ。
ラビアローナもそれはわかったようだった。
『ありがとう。アーダが使ってくれるのなら嬉しいわ。大事にしてね』
「アーダ、ラビアローナが大事に使ってくれってさ」
ユウはラビアローナの言葉をすぐにアーダに伝えた。
その言葉を聞いた、アーダは一瞬驚いたような表情を見せたものの、すぐにユウがラビアローナと念の声でのやり取りをしていた事を察し、見かけ上はすっかり寝ている様にしかみえない状態になっているラビアローナに向かって頭を下げた。
「ありがとう。あたし、この槍、大事にするって約束するよ」
その返事はユウの元に返ってくる。
『私の角をそのままの形で槍として使ってくれるのなら、私としてはすごくうれしいけど、アーダの身体に合うように加工をしてもらっても構わないのよ。尤も、その角を加工できるレベルの職人を見つけるのは、大変かもしれないけど…、でも…』
しかし、ラビアローナがそこまで言った所で、バールリッツが話しに割って入って来た。
『ユウ、そろそろラビアローナには本格的に休んでもらうようにしたいのだが…』
そして、申し訳なさそうに、先を続ける。
『角の件はそっちに任せるからいいとして…、俺は…、もうこの場所から離れることができないから…』
その微妙な言い回しに、ユウはバールリッツが何を言いたいのか想像できた。
「そうか、そうなると俺達も毒沼を渡れないって言う事になるのか」
ユウ達が今いるのは毒沼の中にある島の上だ。
つまり、毒を無力化する事のできる彼らの協力がなければ、島から出る事は出来ないという事だ。
という事は、単純に考えればラビアローナに角が生えて来るまで、この場所に足止めされてしまう事になる。
だが、バールリッツが言いたかったのはそう言う事ではないらしかった。
『安全を重視するなら、ラビアローナの回復を待ってから行くのが一番だと思うのだが、きっとお前たちはその前に発つのだろう。だが、それなら北へはいかない方がいい。ここから湖の北岸へと抜ける為には、毒沼を幾つも越えて行かなければならなくなる。お前達だけで抜けられるようには、とても思えない。…とはいえ、今いるこの沼を渡る程度なら、俺達が同行しなくても、そのラビアローナの角さえあれば行けない事はない。抜け落ちたユニコーンの角は、浄化できる時間や範囲に制限こそあるものの、それでもこの沼を渡りきるくらいの時間は、お前たちを守る事の出来るくらいの範囲を浄化する事ができるだろうからな。そこから外れないように注意さえして行けば、渡って行けるはずだ』
つまり、角を使えば、ラビアローナの回復を待たなくても先には進めるが、ここから直接北へは行くな、と言いたいようなのだ。
だが、それより前に、ユウは今いる毒沼の場所さえきちんと把握できていなかった。
来るときは完全にバールリッツ任せだった為だ。
なので、せっかくこの毒沼を渡りきることができたとしても、実はその先の帰り道すらわからない。
ユウがそう考えているのを察したのか、バールリッツが付け加えるようにして言ってくる。
『この毒沼を西に抜けた後、さらに西に真っ直ぐ進んで行くと川に出る。この川は水の流れている普通の川だ。そしてその川を下流に少し下って行くと、その昔どこぞの猟師が乗って来た船があるから、その船を使って川を下っていくといい。そうすればお前達が神秘の湖と呼んでいるあの大きな湖に簡単に出られるはずだ』
「その船、使っていいものなのか?」
『昔、その船に乗ってきた猟師が毒沼に落ちて死んだのを俺は見ている。乗って来た者はもう誰も残っていない』
そういう事ならば、そのまま放っておいても、ただ朽ちていくだけだろう。
使わせてもらっても問題はないはずだ。
「なるほど、水路を行くという訳か。ん? という事は…」
ユウは頭の中で湖まで川を下ってみて、思いついた事があった。
そのまま船で北上してしまうという案だ。
しかし、ユウがまだはっきり念話に乗せていなかったにもかかわらず、バールリッツはその方法をいち早く否定してきた。
『いやダメだ。湖に出たら岸沿いに南へ下った方がいい。湖の上もお前達だけで北へ行くにはリスクが大きすぎる。だが、南へ下るのならまず安心だ。南に少し行けば、俺達が最初に会った草原に出るから、そこで陸に戻る事をお勧めする』
その口調から察するに、湖にも様々な危険があるということなのだろう。
ユウは、ここはバールリッツの言う通り、一旦湖の南岸まで戻る事に決めた。




