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ユニコーンの角

バールリッツの話では、ここから先の毒沼地帯は、自分達が同行できるのならともかく、人だけで抜けるのは難しい、という事だった。


毒を無力化する事の出来るユニコーンが一緒なら、そんなものは難なく抜けて行けるのだろうが、これから角が抜け、無力になる事がわかっているラビアローナにしても、そのラビアローナを守るナイト役であるバールリッツにしても、この場所を離れることができるような状況ではない為、今はユウ達と一緒に行く事は出来ない。


バールリッツが申し訳なさそうに頭を下げてくる。

『すまん。できるだけお前達の力になりたいとは思うのだが…』


何があってもラビアローナを守ると約束したばかりのバールリッツとしては、今このタイミングでラビアローナの側を離れる訳にはいかない、と考えるのは当然の事だ。

それはユウにも理解できる。

「いや、この先が危ない場所だとわかっただけでも助かったよ。聞かないで北に行っていたら面倒くさい事になっていたかもしれない」


彼等に送ってもらえれば、毒沼地帯を抜ける事も容易だろうから、簡単に北へと抜けることもできたのだろうが、そこまではいかなくとも、この先が毒沼だらけだと教えて貰えたことだけでもユウ達にとっては有難い事といえた。

知らないで進んでいたら、北へ抜けるどころか、途中で身動きの取れない状態になっていたかもしれないし、下手をしたら最悪の事態に陥っていたかもしれない。

だが、そうなると一旦戻って湖を西に迂回するしかないことになる。


「仕方がない。一旦戻るしかないな」

やむなくユウはそうする事に決め、三人の同行者にその事を伝えると、三人とも意外なほどあっさりとそれを了承した。

それぞれ、ただユウの決定に従うだけだ、という意味の事を異口同音に言っている。


ユウはそれを聞いてホッと胸をなでおろした。

と同時に、少し思いついたことがあったので、それを言おうとしたのだが、結局、それについては言えずに終わった。

ちょうどその時、ユウのすぐ横にいたラビアローナが、何の前触れもなく自らの後ろ足二本だけで立ち上がったからだ。


『ラビアローナ!』

突然の事で驚いたのか、バールリッツが大声をあげる。


その声の所為もあり皆の視線が集まるその先で、長い角を天上に突き刺すような格好で立ち上がったラビアローナは、鋭い眼つきで天上を睨みながら、その場の空気を掻き抱くように前足を前後に動かした。

その様子はどこか苦しんでいる様にも見えなくはないのだが、逆に妙に神聖で神々しく、美しくさえ感じられる。


しばらくそうして二本足で立っていたラビアローナだったが、少しして、おもむろに前足をおろし、そのまま足をたたんで、その場でゆっくりとその大きな体を横たえた。

そして、最後に長く伸ばしていた首を戻し、下ろしていく。


その時だった。

カランカランカラン


透き通った金属音と共に、一本の長い槍のようにもみえるラビアローナの角がユウ達の目の前に転がってきた。

らせん状に渦を巻きながら鋭く尖った先端に収束していくその形は、人の手によるいかなる芸術品より美しい。


ラビアローナは既にその顔を前足の付け根に埋めるようにして蹲っている。

額の上の先程まで立派な角のあった場所には今は何もなく、円形の痕だけが残っているだけだ。


今のラビアローナは、その大きさを別にすれば、一見するとただの馬のようにしか見えない。

が、それでもどこか普通の馬とは違う崇高さが感じられるのはさすがだと言えそうだ。


ラビアローナは、その場で、疲れた、とでもいうように、ゆっくりと瞼を閉じ、動かなくなった。

上体が大きく上下している事から、眠ったのだろうと思われる。

少しして、事が落ち着い収まった事を感じ取ったユウは、バールリッツに聞いてみた。


「ユニコーンの角ってこんなに唐突に抜けてしまうものなの?」

あまりに唐突だったので、聞かずにはいられなかったのだ。

するとその問いに対する答えは、意外な所から聞こえてきた。


『角が生え代わる事は数日前から何となくはわかるんだけど、細かな日時なんかはその時になるまでわからないのよね。だからこそ念のためこの場所に移動しておいたんだもの』

聞こえてきたのはラビアローナの声だ。


「え? ラビアローナ、起きてるの?」

『体に力が入らなくなっただけで、起きているわ』

「って言う事は、立てないって言う事?」

『ええ、しばらくは立てそうにないみたい。けど、バールリッツもいてくれている訳だし、大丈夫。それより、私の角って今、どうなっている?』


ラビアローナにそう聞かれたユウは、ラビアローナの頭の見える位置まで近づいた。

角の抜け落ちた後にもしかしたら次の角の赤ちゃんが顔をのぞかせているかもしれないと思ったからだ。


しかし、それらしきものは何も見えない。

角の抜け落ちた痕はよく見ると若干窪んでいて、その奥に固い骨のようなモノがあるようにも見えるのだが、そこに凹凸は無く、角の赤ちゃんどころか卵にもなっていない段階だ。


「キレイに抜け落ちたみたいだよ。残骸が残っている様にも見えないし…」

なので、ユウがそう見たままの事を伝えると、ラビアローナはすぐにそれを否定し、言ってきた。

『違う違う。抜け落ちた方の角の事よ』


言われてユウは、足元に転がっていた、ついさっきまでラビアローナの額の上にあった立派な角を見てみた。

直線と曲線が混じりあったような造形はとても人の手で生み出せるような代物ではない。


「ああ、これの事。何というか、芸術的に綺麗だね」

『その角、あなた達にあげるわ。昔、私の知り合いのユニコーンが世話になった人間に角をあげたら、凄く重宝して有難がられたって話しを聞いた事があるの。だからあなた達にあげる。バールリッツを連れて来てくれたお礼と思ってくれていいわ』


「いいの?」

『こうなってみて改めて思ったんだけど、もしここにバールリッツがいてくれなかったら、私は今よりずっと心細かったと思うの。だから、バールリッツを連れて来てくれたあなた達には感謝しているわ。その角はそのお礼。どうせもう私達には使いようのないものだし、ここに残して行くよりはあなた達に使ってもらったほうが私も嬉しいし』


そんな風に言ってくれるのであれば、ユウとしてももらう事に異存はない。

尤も、どう使えば重宝するのかなど、想像もつかないのだが…。


「ありがとう。大事にするよ」

しかし、ユウはそう言って、美しく輝いているようにも見えるその角を、ゆっくりとした動作で拾い上げた。

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