水辺の草地
店を出た時にはもう、ユウはあの声の気配をすっかり感じ取る事ができなくなっていた。
しかし、声が北から聞こえてきた事は確かだ。
それを信じて、ユウ達は街道を北に向かって歩き出した。
街道は若干のズレはあるかもしれないが、ほぼ真っ直ぐ北に向かって伸びている。
その街道をひたすら北に進んで行くと、ルティナの言っていた通り、しばらくして街道は大きな湖に行き当たった。道はそこで湖沿いに西に向かって折れている。
その突き当りの周りには小さな平地があり、そこには数件の民家がある様なのだが、あるのは皆とても小さな家ばかりで、とても湖を渡れるほどの大きな船を持っているとは思えなかった。
真っ直ぐ北に向かって歩いて来た訳なので、目的地はここからほぼ真北にある可能性が高いのだが、このまま真っ直ぐ北に向かうルートは諦めざるを得ない、という事になる。
「ルティの言う通りだったわね。どうする? 小さな船ならあるみたいだけど、借りてみる?」
湖の畔に出た所で、フィノがユウにそう言って聞いて来た。
ユウはここまでずっとアーダの肩を抱くようにして歩いている。
そうしていればアーダはおとなしくしているからだ。
ユウはそんなアーダの頭を軽く撫でてやりながら、フィノの問いに答えて言った。
「いや、見た感じ二人乗るのがやっとの舟しかないから、とてもこの湖を越えられそうにないし、そんな舟でも俺達が乗って行っちゃったら、ここの人たちは困るだろうから、止めた方がいいと思う」
聞いたのはフィノなのだが、フィノとてそんな小さな舟で、目の前の大きな湖を渡るのは現実的とは思っていない。
なのでユウの返事の内容には異存がないのだが、アーダばかりがユウにくっついている事がフィノは少し面白くなかった。
自然、少し口調が厳しくなってくる。
「なら、どうするの? 何処か大きな街まで行って、大きな船でも探してみる?」
それに気づいたユウはフィノの事も引き寄せ、フィノの頭も撫でてやりながら言った。
「いや、湖は陸路で迂回しよう。これはカンだけど、多分、あの声の主はこの湖の中とかにはいないと思うんだ。声はもっと遠くから聞こえてきたような気がする。だから、危険を冒してまで湖を渡る必要は無いと思う。遠回りでも安全な陸路を行った方がいい」
すると、そこへルティナも近づいてきて、無言のアピールをしてくる。
ユウは少し苦笑いをしながら、ルティナの頭も撫でてあげた。
その時だった。突然、頭の中に声が響いた。
『誰でもいい、助けてくれ。アイツの事を探してくれ。頼む…』
明らかに今まで追ってきた声とは異なるはっきりとした声だ。
声のする方向も全く違う。
声は、湖畔を西へと向かう街道とは正反対の、東の方角から聞こえてくる。
そのはっきりした声の感じからすると、この声の主のいる場所はそう遠くではないようだ。
だが、そうなるともう前の声を追う事は難しい。
近場からの大きな声にかき消されてしまうからだ。
「こっちだ」
唐突に発したユウの言葉に、フィノは素早く反応している。
「聞こえたのね?」
ルティナもユウが東の方向を指差しているのを見て、推測している。
「って言う事は、別の声ですね?」
一人アーダだけは何の事だかわからずきょとんとしている。
「?」
ユウは今にも走り出そうとしているフィノの腕を慌てて掴んだ。
「フィノ、まだ先に行かなくていい。今回の声の主は何かに襲われたり、追われたりしている訳ではないらしい」
だが、ユウはフィノの腕を掴むために身体を伸ばしたその拍子にアーダの身体を突き飛ばしてしまっていた。
「痛っ、何すんだよ、ユウ。痛えじゃねえか」
ユウの身体から離れたとたんにアーダが悪態をつき始める。
「大体なんだよ、北に向かうんじゃなかったのかよ。湖を回避するにしたって街道を西に…」
その言葉を途中で遮り、ルティナとフィノに指示を出す。
「ルティナ、悪いけど、アーダを頼む。俺は声の主を探す。フィノ」
今はアーダに説明している暇はない。声の主のいる場所を特定する事が先だ。
フィノもルティナもそれは心得ている。
ルティナはアーダの側に向かい、フィノは走り出したユウの後ろをついて行く。
「何だよこら。無視する気かよ」
「無視なんてしませんよ。アーダも私と…」
ユウの後方ではルティナがアーダを宥めようとしているのがわかるが、ユウはそちらはルティナに任せる事にし、前方に意識を集中させた。
何者かの声はまだ続いている。
『どこだ、どこへ行ってしまったんだ』
その声は確かに東の方角から聞こえてくる。
ユウはその位置を探りながら、湖沿いの林を抜け、その先の背の高い葦の様な草の生えた湿地帯をも通り抜けた。
すると、そこはかなり先まで見渡す事の出来る草地になっていた。
『戻って来てくれ、頼む…』
ユウの頭の中には声がまだ聞こえている。
その声はかなり近くから聞こえてくるように思える。
ユウは辺りを良く見回してみた。
すると、草地の中ほどの湖の畔に対岸を見つめている一頭の馬がいる。
いや、よく見るとそれはただの馬ではない。
その純白の馬体は普通の馬の二倍はありそうな程巨大で、額には長くて立派な角が生えている。
それはまさに、荘厳な雰囲気を醸し出す伝説の一角獣、ユニコーンに違いなかった。




