ユニコーン
ユニコーンはかなり動揺していた様で、ユウ達がある程度近づくまでは、ユウ達の存在に気が付かなかった。
ただひたすら湖の向こうを窺っていた為だ。
そして気が付いた途端にユウ達とは反対方向に駆け出そうとする。
ユニコーンの実力なら人が数人きたくらいでは逃げる必要など無いはずなのだが、誰かを探していた様なので、今は人と関わり合っている場合ではないという事かもしれない。
しかし、その時にはもうフィノがユニコーンの正面に回り込んでいた。
フィノはユウがユニコーンに近づき始めたタイミングで、その運動神経を生かして動いていたのだ。
フィノは、ユニコーンの正面に立ち、大きく手を広げ、その行く手を阻んでいる。
とはいえ、いくらこの世界では運動神経が並はずれているフィノでも、ユニコーンが本気になればそう簡単に押さえきれるものではないだろう。
単純な運動神経の比較では、いくらなんでもユニコーンの方が勝っているはずだ。
だが、ユニコーンはフィノの事を振り切ろうとはしなかった。
逆にフィノに向かって駆けていく。
『待て、俺達は敵ではない』
慌ててユウが念声を飛ばす。
ユニコーンの額には立派な長い角がある。
まともにそれを喰らうような形になれば、フィノが串刺しにされてしまう。
一瞬慌てたユウだったが、よく見るとその様子は少しおかしい。
敵にめがけて突進しているというよりは、仲間に向かって駆け寄っていくような感じに見えるのだ。
それが証拠に、その鋭く尖った立派な角は天に向かって伸びていて、フィノの身体に向いている訳ではない。
ユニコーンは物凄い勢いでフィノに近づいて来たと思うと、フィノの目の前まで来てピタッと静止した。
そしてそこへ来て初めてフィノに向かって頭を下げてくる。
そうする事により、必然的に額の角も降りてくる事になる。
『待ってくれ、ユニコーン。俺達は君の事を助けに来たんだ』
ユウはユニコーンの後ろを必死に追いかけているのだが、まだ追いつく所までは来ていない。
ユニコーンは今度は少しだけユウの事を気にするそぶりを見せたものの、それに答える事も無く、改めてフィノの方に視線を向け直した。
フィノは、ユニコーンが目の前まで来て止まった事で、もう必要がないと思ったのか、広げていた手も戻している。
ユニコーンがもう少し頭を下げて、額の角で襲い掛かって来たりしたら、逃げ切れる距離ではない。
実際、ユニコーンはゆっくりとその大きな頭を下げ始めている。
だが、フィノはもう動くつもりがなさそうだ。
ただ黙ってユニコーンの動きを見つめている。
と、突然、ユニコーンがその頭をフィノの方へと近づけた。
「フィノ!」
ユウが思わず声を上げる。
次の瞬間、フィノの身体が軽く宙を舞った。
といっても、ユニコーン自慢の角で串刺しにされた訳ではない。
ユニコーンが鼻先にフィノの身体を乗せ、優しく振り上げたのだ。
まるで父親に高い高いをされた赤ちゃんのように、フィノの身体が何度も宙を舞う。
「ちょ、ちょっと、わかった、わかったから、もう下ろしてよ」
そんな風に言いつつも、フィノも随分楽しそうだ。
ユニコーンはしばしそんな風にフィノとたわむれた後、ゆっくりとフィノの事を地面に降ろした。
そこへユウがようやく追いついてくる。
「フィノ、大丈夫か?」
「大丈夫、この子、優しい子みたいよ」
そんな風に返事をする間にも、フィノはユニコーンの大きな舌で舐め上げられている。
その姿からは少なくとも敵意は感じない。
それどころか、フィノに好意を持っている事が伝わってくる。
ユウはホッと胸をなでおろすと同時に、何だかわからないが、何やら無性にむしゃくしゃするモノを感じ、大きな体のユニコーンに向かって、思わず念声を飛ばしていた。
『もういいだろ。いつまでフィノを舐めているつもりなんだよ』
すると、ユニコーンは初めて気が付いたとでもいうように、ユウの事を見て言った。
『ん? お前、俺の言葉がわかるのか?』
『さっきから何度も声をかけているだろう、聞こえていなかったのか?』
少し呆れた様な、残念なような微妙な表情で聞き返すユウに対し、ユニコーンはユニコーンでやや頭を捻っている。
『そう言えば、頭の中に何か声が聞こえた様な…』
『そう言えばって…、とにかく一旦フィノから離れてくれないか?』
余程気に入ったのか、ユニコーンはユウと話しながらもフィノの事を舐め続けている。
ユウはそこに割って入る様にしてふたりを引き剥がした。
『なにをするんだ』
無理やり割り込まれたユニコーンはどこか不満げだ。
『いいから、離れてくれよ。落ち着いて話ができないだろう?』
『話?』
『お前、誰かを探しているんじゃなかったのかよ』
すると、突然ユニコーンは態度を変えた。
『そ、そうだ。どこへ行ったんだ、ラビアローナ!』
急に必死の形相になり、辺りを見回し始める。
ユウは、このユニコーンは本当に困っているのか、疑念を抱かずにはいられなかった。




