執務室
ユウの言葉を聞いて真っ先に反応したのはフィノだった。
「ダメよ。私はユウと一緒に行くわ」
すぐにユウと同行する事を希望してくる。
「それなら私も…」
それを聞いたルティナが口を開くのを見たユウは、ルティナの言葉にフィノへの返事を重ねる事でルティナがしゃべるのを遮った。
「大丈夫、俺一人でどこかへ行ったりしないから。万が一、声がした時も、一旦ここへ戻って来る事を約束するよ」
「でも、ルティはわかるけど、私は…」
「ルティナだけ残して行ったら、ルティナは気になって話どころじゃなくなるだろう? だからフィノも一緒にいてやって欲しいんだ。二人で一緒にいれば安心だろ?」
ついさっきまで、落ち着いた態度で話をしていたフィノだが、一見して不安な様子が見て取れるようになっている。
しかし、ルティナの事を見て、自分自身に納得するよう頷くと、ユウに念を押して来た。
「……、絶対に置いて行かないでよ…」
「巨人の里でフィノが狩りに行った時だって、待っていただろう?」
ユウが優しく微笑みかけると、フィノはそれでも少し未練がましくユウの顔を見つめた後、視線を外して小さく言った。
「……、わかった。信じる」
ユウはフィノの頭をくしゃくしゃっと撫でてやりながら、ルティナにも声をかけた。
「ルティナも、…いいよね」
「はい。わかりました」
それに対してルティナは即答した。
フィノが自分の為に残ってくれる決断をした事がわかったので、それなのに自分がごねる訳にはいかないと、二人のやり取りを見ている間に考え直していたからだ。
もちろん、ラビアやラインラと話をしたい気持ちも有る。何しろ急に連れ去られてしまった為、何の話をする間もなく引き離されてしまったのだ。
ユウは、ルティナの言葉を聞いてホッと胸をなでおろし、と同時に、フィノの頭を軽く叩いてフィノの前から移動しようとしたのだが、そのタイミングでフィノが凄味を利かせて念を押して来た。
「もし逃げても、ルティと二人で絶対に見つけ出して捕まえるからね」
「だから逃げないって…」
フィノは苦笑いをしながら言ったユウのその言葉を確認すると、身をひるがえしてルティナの方へと向かった。
恐らく、ルティナの近くにいた方が安心できるのだ。
その辺の事はルティナにも伝わっている事だろう。
現に、ルティナはフィノが近づくとそっと手を握りあっている。
その様子を見てユウは嬉しくなった。
「ユウさん、こちらへどうぞ」
ユウ達のやり取りが一段落したと見て、扉の前で待ってくれていたフィルスがユウを促してくる。
「すいません」
ユウがそう言って扉を抜けると、フィルスはゆっくりその扉を閉めた。
「こちらへ」
そして少し前を歩いてユウの事を導いて行く。
廊下を進み、来た時に見た玄関の立派な階段を登る。
着いたのは窓際に立派な執務机のある比較的小さな部屋だった。といっても、ユウの泊まっている宿の二部屋分は優にある。
部屋の奥に置かれた、部屋の幅いっぱいの大きな机は、机の向こう側に置かれた立派な椅子をU字に囲むように造られていて、もしかしたら小さな家の一部屋くらいのサイズがある。
フィルスはこの机で、領地の管理やそれに伴う使用人への指示等、様々な執務をこなしていたのだろう。
しかし、今その机の上には綺麗に何も置かれていない。
フィルスはその机の向こう側の椅子には座らず、大きな机の手前に、手で動かせる小さな椅子を二つ持って来て、向かい合うように置いた。
「どうぞ、謙遜などではなく、本当に何のお構いも出来ませんが…」
フィルスの立ち居振る舞い自体は、優雅で威厳に満ちているのだが、如何せん覇気がない。
その理由はこの机の上を見てもわかる。
携わるべき仕事がないのだ。
本来はあるべき調度品がほとんど見られないのは、それを売って生活しているからなのかもしれない。
ユウはフィルスに勧められるままフィルスの正面に置かれた椅子に座った。
しばし沈黙の時が流れる。
口火を切ったのはフィルスだった。
「重ね重ね、ルティナの事ありがとうございます。そして、よろしくお願いいたします」
何度もそう繰り返してしまうのは、親としてどうしても言っておきたい事だったからだろう。
しかし、ユウはそんな話がしたくてフィノに脅されてまで席を改めた訳ではない。
「その件については、もういいでしょう。フィルスさんにお願いされなくても、ルティナが望む限りはルティナの事、粗末には扱いません。まあ、できる範囲で、と言う事になってしまいますけどね。それよりも、この家の事です。今の現状を聞かせてもらえませんか?」
ユウはフィルスの様子を窺いながら、聞きたかった事を切り出した。




