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戦闘開始

「どうしても通してもらえないのですか?」

ユウは言いながら持っていた「珠」を前に差し出してみた。

が、二匹の犬は眉一つ動かさない。

また、その表情に変化も見られない。


「その珠がどうかしたのか?」

「まさか、そんなもので我等を懐柔しようと企んでいるのではないだろうな」


その反応にユウは正直密かに落胆した。

ユウがそんな行動に出たのは、この「珠」が彼等の言う所の主の許可にあたるのではないかと推測したからだ。

しかし、残念ながらそういう事ではなかったらしい。

こうなったら多少強引になってしまっても進むしかないのかもしれない。


ユウは手に持っていた「珠」を元の袋の中に戻した。

目的地はもうすでに明らかな訳だし、先程の鼠達のようにこの「珠」の光がこの犬たちに効いているとも思えないので、もう翳す必要はないと判断した為だ。

代わりに腰の鞘に戻していたクリスタルの短剣を再び抜き放つ。

すると、二匹の犬はほんの一瞬ではあるが僅かに動きを止めた。

「珠」の時には見られなかった反応だ。


が、すぐに先程までの落ち着いた様子に戻って言ってくる。

「そんなものを持ち出して我等と戦うつもりなのか」

「そんなに短い剣など持ち出したところで我等には大した脅威にならないぞ」


ユウは短剣を前に掲げたまま更に小さく持ち上げた。

「我々は別にあなた方の事を倒そうと考えている訳ではありません。神殿に入る事が出来ればそれでいいのです。でも、あなた方が襲って来るというのなら、話は別です。身を守る為に戦わなければなりません。この剣はその時の為の剣のつもりです」


それを聞いた黒い犬がゆっくり前へと進み出る。

「ならばやはり戦うという事だろう。我等は主より誰も通すなと言われておるのでな、それが誰であれ我が主の許可のない者を通す訳にはいかない。その短剣を持つ者ならなおさらな」


そして黒犬は言い終わるや否や問答無用でユウに飛びかかって来た。

鋭い歯のびっしり生えた巨大な口でユウの事を噛み砕くべく、目にもとまらぬ速さで迫ってくる。


突然の攻撃に、一瞬反応が遅れてしまったユウに対し、フィノはその動きをしっかり見極めていた。

黒犬の攻撃にきっちり対応し、ユウの前に出て、黒犬を弾き飛ばす。


「貴様、本当に人間か?」

フィノに弾き飛ばされた黒犬は、今度は明らかに動揺した。

それはそうだ。

見るからにひ弱な人間に、大きな躰の自分が弾き飛ばされるなどとは想像していなかったのだ。


しかし、フィノは特別だ。

力も速さも普通の人間の比ではない。

この巨大な犬とだって、充分渡り合えるだけの力は持っている。


が、それも相手が一匹ならと言う話で、二匹を相手にするとなると少し話が変わってくる。

現に、黒犬がフィノに弾かれた直後、それと入れ替わる様に今度は白犬がフィノに襲い掛かっているのだが、まるでそうなる事がわかっていたかのようなその連携にさすがのフィノも対応しきれていない。


このままでは黒犬に使った剣を戻す前に白犬の餌食になってしまう、そう思った次の瞬間、フィノのすぐ脇を鋭い切っ先の槍が通り過ぎ、それを避ける為に白犬は大きく一歩退いた。

アーダの槍だ。


が、白犬もすぐにその状況に対応する。

標的をアーダに変えて襲いかかっている。

その攻撃にアーダも槍を戻して対応するも、何とか初撃に合わせるだけで精一杯で、素早い動きで連続して攻めてくる白犬の二撃目には間に合わない。

そう思った次の瞬間、今度はルティナの矢の連撃が白犬の文字通り目の前を通り過ぎ、白犬はやむなく再び大きく一歩退いた。


「ふん、なかなかやりおる。偶然やまぐれでここまで来たわけではなさそうだな」

「だが、我らの目の黒いうちは、何人たりともここを通す訳にはいかない。帰れ、痛い目にあいたくなければな」


この犬達の口上にアーダがすぐさま反論する。

「問答無用で襲い掛かってきやがったくせに何言ってやがる。さてはあたし達が強いと気づいてビビッてやがるな。だから脅して戦わずにあたし達を引き返させようっていう魂胆だろう。でなければそんな脅しをする訳がない。力の差が歴然だと思っているのなら、そんなまどろっこしい事をしないで、さっきみたいに問答無用で襲ってくればいい訳だからな」


ユウは、途中から何とかアーダの喋りを止めようとしていたのだが、アーダはそれに気づかなかった。

しかし、これでは犬達を煽っているようなものだ。

とても穏便に済ます事など出来そうもない。

まあ、良く考えればアーダの言う通り彼等の方からいきなり襲ってきた訳なので、どのみち穏便に済ます事は出来なかったのかもしれないが…。

そう考えると、この状況も特別悪い訳ではないのかもしれないと思えてくる。


犬たちは明らかに怒りのボルテージを上げ、冷静さを失っているようだった。

「貴様、こっちがお前達の力量に敬意を払い下出に出れば…、調子に乗りおって」

「我等を愚弄した事、あの世で後悔するのだな」


二匹の犬は全身の毛を逆立て、今までには無い鋭い眼つきでユウ達四人を睨みつけている。

これでは、例え今から引き返すといってもすんなり帰してくれるようには思えない。


で、あるならば、もう覚悟を決めるしかない。

ユウはフィノとアーダの間を抜けて再び二人よりも少し前へと進み出た。

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