二匹の犬
光は確かに神殿の前の祭壇を指し示しているようだった。
しかし、その光の濃淡はあまりにも繊細で、少し気を緩めるとすぐに見えなくなってしまう。
少なくともユウの目にはそんな状態に映っていて、だからこそ今の今まで光の筋に気が付かなかったようなのだ。
だが、ここまで来れば、そんな事はもう大した問題ではない。
「珠」があの祭壇を指し示しているのなら、そこがこの「珠」のあるべき場所と考えるべきだろう。
ならば、そこにこの「珠」を返せばいい。
この「珠」はフィルスからの借り物なので、後で謝らなくてはならないが、フィルスならきっと理解してくれるはずだ。
「なるほど、ならとりあえず、あそこまで行ってみようか。そうすればもっとわかる事があるかもしれないしね。けどアーダ、あんな微妙な光の筋なんてよく気が付いたね」
「ん? ユウには微妙に見えるのか? あたしにははっきり見えてるぞ。けど、たとえ微妙でもユウにも見えたんだよな。なら、あたしが最終地点だって言った理由もわかるだろう?」
「ああ、あそこには光が吸い込まれて行くように感じるよ。多分、これが鍵なんだ。神殿の中に入る為のね」
そして、その鍵を使う為には、剣と盾が必要だったという事なのだろう。
以前に聞いた通り、あの声の主がまだこの神殿の地下にいるのだとしたら、ここが最終地点となる可能性は高いといえる。
だからと言って、この先すんなりいくかどうかは別問題だが、少なくとも声の主の極近くにまで来ている事については間違いなさそうだ。
声こそ聞こえて来ないものの、気配も今までになく濃密になっているように感じられる。
「だったら、早く行きましょうよ。邪魔が入らないうちに…」
「確かに、ぐずぐずしている間に何か邪魔が入ったりしたら大変だな。とっとと行って、この「珠」をあの祭壇の所に持って行こう」
ユウは神殿に向かって走り出した。
すぐにフィノとアーダが左右に並び、ルティナはユウの後ろにつく。
広場に何かトラップのようなものが仕掛けられているような形跡は感じられない。
だが、走っても走ってもなかなか神殿は近づいて来なかった。
と言っても、それはこの広場が思ったよりも広かった為の様で、神殿も石像も徐々に大きくなってきている。
さらに近づくと石像はいつの間にか見上げる程の大きさになっていた。
近くで見ると恐ろしい程の威圧感だ。
神殿はその二体の石像に挟まれた通路のような隙間を通り抜けたその先にある。
石像の間を抜けた先に階段があり、その上に祭壇、そしてその祭壇の先が神殿だ。
その石像の少し手前、大きな石像をほぼ真下から見上げる位置にまで来た所で、アーダが小さく息を吐いた。
「ふぅ。この広間を抜ける前に、何か出てくるんじゃないかと危惧していたんだが、結局、何にも出て来なかったな」
「まだわからないわ。あの階段を登りきるまではね」
「いや、この「珠」をあの祭壇のあの場所に差しこむまでだ」
そんな事を言い合いながらいよいよ二体の石像の間に差し掛かったその時だった。
「ユウ様、石像が動き出しています」
ユウのすぐ後ろにいたルティナが大きな声を上げた。
慌てて左右を見回すと、二体の石像は其々大きくひび割れて、中から石像と全く同じみかけの巨大な犬が姿を現してくる。
全く同じ見かけの二体だが、右の一体は黒、左のもう一体は白い犬だ。
そしてその二体の犬は、石の衣を完全に脱ぎ去ると、二体同時にユウ達四人に襲い掛かってきた。
巨体に似合わぬ素早い動き。
しかし、フィノもアーダもその動きに反応している。
フィノが右の黒い犬を、アーダが左の白い犬を迎え撃つ。
と言っても、倒し葬る所まではとてもいかない。
最初の一撃を弾き飛ばす程度にとどまっている。
二匹の犬は、フィノとアーダに弾き飛ばされた勢いを利用して、ユウ達の前方、今まさに走っていた方向に飛んで、ユウ達の行く手に立ちはだかった。
これではもうこれ以上前には進めない。
「私とアーダで一体づつ受け持つから、ユウとルティナは先に行って」
「危なくなったら逃げるんだぞ」
「あたしもフィノもこんな奴にやられはしない。心配するな」
二人が立ち止まったユウの前に出る。
そしてこちらに向かって牙を剥く二匹の犬に向かって飛び込んで行こうとしたその直前、
「ここは人の来る場所に非ず、早々に去ぬるが良い」
「今ならば、痛い目を見ずに済ましてやるぞ」
二匹の犬が口を開いた。
「犬がしゃべった」
「こいつら、しゃべれるのか」
驚くフィノとアーダを下がらせるようにして、ユウがその前へと進み出る。
「話が出来るのなら、聞いてほしい。俺の名前はユウ。この神殿の地下に閉じ込められ、苦しんでいる声の主を助けたくて来ました。その人の事を助けるだけで、あなた達にも、あの神殿に住む他の誰にも危害を加えるつもりはありません。だから、そこを通してもらえませんか?」
すると、向かって右側にいた黒い犬がこちらに向かって一歩進み出た。
「悪いが、そちらの都合など俺達には関係ない。我等はただ、主の許可なくここを通る者を排除するだけの存在だ。お前達に主の許可は下りていない。故にここを通す訳にはいかない」
白い犬も黒い犬の隣に並んで言う。
「どうしても通ると言うのなら、我等を倒していくしかない事になる。尤も、人間であるお前達にそれが出来るとは思えないがな」
二匹の犬は近くで見ると物凄い迫力で、その威圧感に押され、ともすると引き下がりたくなってくる。
ユウは襲い来る恐怖心に耐えながらも、さらに一歩前へと進み出た。




