接近
ユウが背中に気を取られ、前を向いていたのにも関わらず前を見ていなかったその間に、バールリッツとラビアローナはうねる丘を抜けようとしていた。
はるか前方に見えていた赤茶けた岩の連なる山岳地帯が、いつの間にか大きくなっている。
バールリッツはそれを見て少しづつ速度を落としていった。
『もうすぐ草原地帯を抜けそうだぞ。どうだ、早かっただろう?』
さすがのバールリッツでも、岩山をこのスピードで走破する事は難しいという事らしい。
というか、前回来た時は馬で行く事を諦めたほどの荒れた場所だ。
バールリッツ達でも行けるかどうかさえわからない。
それこそ空を飛べる訳ではないのだから。
ユウの不安を察したのか、バールリッツが先回りして言ってくる。
『速度は少しばかり落とさなくてはならなそうだが、あの岩場なら行けない事もなさそうだ。恐らくは、丸一日有れば越えられるだろうから、あとはその先の針山の山脈沿いに行けばいい。上手くすれば二日後には目的地に着くかもしれん』
「それが本当ならありがたいけど、あの岩山を君達は登って行けるのか?」
『今までみたいなスピードは出せないけどな』
「いや、たとえゆっくりでもさ。あの山は結構急な岩場もあるんだぞ」
『問題ない。仮に行けない場所があったとしても、その時は迂回するから大丈夫だ。進めない事はない』
「それならいいけど…」
バールリッツがそこまで言ってくれるのであれば、それはきっとそうなのだろう。
少なくとも何とかしてくれる事は間違いなさそうだ。
『だが、今日は岩場に入った所位まで行ったら、休む事にしたい。かなり長い事走り続けたからな、明日の山越えに備える意味でも早めに休んでおきたいんだ』
「わかった。無理をし過ぎると後で大変なしっぺ返しが来る事があるからね、っていうか、今日は予想以上に距離を稼げたと思うよ。十分すぎるくらいだ」
ここで無理をして、バールリッツかラビアローナが怪我でもしたら大変だ。
想定よりも随分と早くここまで戻って来れているのだから、ここはしっかり休むべきだろう。
という事で、ユウはバールリッツの提案に同意する事にした。
その後、バールリッツは更に走る速度を落として行き、それに伴いユウの身体に当たる風の圧力も次第に小さくなっていった。
それでもルティナはユウから離れようとはしなかったのだが、ユウは敢えてそのままにしておいた。
折角の感触を自ら放棄する必要はないと思った、という事もないとは言えないのだが、背中にかかる重みから、ルティナの信頼が伝わってくるような気がして、離す事が出来なかったのだ。
少し余裕が出来た頃、こっそり後ろを振り返って見ると、ルティナはユウに抱き付いたまま幸せそうな表情をして眠っていた。
少し前から、動きが感じられないと思ったら、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
自然、背中に集中してしまうユウの意識を、バールリッツの大きな念声が引き戻す。
『おお、島が近づいてきているぞ。かなり近くまで来ているみたいだ』
ユウは最初、バールリッツが何を言っているのか良くわからなかった。
少し考え、思い至る。
バールリッツが近づいて来ると言っているのは浮遊島だ。
ユウは急いで空を見上げた。
だが、それらしきものの姿は見当たらない。
「どこだ?」
なので聞いてみると、バールリッツは長い顎をしゃくるようにしてその方向を示した。
『ほれ、あそこだよ。一番高い山の頂上近くだ』
言われてその場所を見てみるが、ユウにはまだ良くわからない。
『わからんか? ならばその辺りの風景をしばらく見ていろ』
「?」
ユウはバールリッツに言われた通り、その辺りの風景をじっと見ている事にした。
すると、その方向にある一番高い山の一部が、ゆっくり動いている事がわかってくる。
更にしばらく見ていると、動いているのはその山の一部ではないのがわかった。
はっきりと空に浮かんでいるのだ。
間違いない。浮遊島だ。
風景にすっかりなじんでいた所為で、わからなかったらしい。
浮遊島は山脈に行く手を遮られているのか、かなりゆっくり動いている。
だが、動きを山脈に阻まれているというのなら、浮遊島は山脈よりも低い位置を飛んでいるという事になる。
「なあ、バールリッツ。あの島、周りの岩山よりも低い位置を飛んでいないか? もしそうなら、うまい事山の上から飛び降りればあの島に行けるんじゃないのか?」
『いや、お前の目にはどう見えているのかわからないが、あの島は周囲の山から一定の距離離れた場所をふらふらとゆっくり揺れながら動いているのだと思うぞ。しかも、山に近づくにつれ、高度を上げていっている。俺の力でも、たぶんあの島に飛び移るのは無理だろうな』
バールリッツが無理なのならば、他の誰にも出来る様には思えない。
ここからの角度では、飛び降りれば乗り移れるように見えるのだが、近づけばそれなりの距離があるという事なのだろう。
しかも、島は確かに高度を上げて来ている。
その事はユウの目でもはっきりわかった。
やはりあの島は山を越えようとしているようなのだ。
まあ、良く考えれば別におかしなことでもない。
そうでなければ、島は山脈と山脈の間の限られた地域にしか存在できなくなってしまうはずだし、だとすれば、この島がそんなに珍しいものだとは言われていないだろうからだ。
しばらくすると、浮遊島は山を越え、ゆっくりと沈むように消えて行った。




