手引き
ラビアの姿がはっきり見えるようになると、ルナはユウの腕の中から抜け出して、ラビアに向かって走り出した。
そしてそのまま真っ直ぐラビアの胸にダイブする。
ルナはラビアの小さな胸に抱きかかえられる事となった。
「ルナ、ごめんね。一人ぼっちで辛かったでしょう?」
ラビアに声を掛けられたルナは、ラビアの腕の中から窮屈そうに顔を伸ばし、更に舌を伸ばしてラビアの顔を舐め始める。
ユウの腕の中にいた時はおとなしかったルナだが、今はだいぶ興奮している様子だ。
その後ろからフィノがゆっくり近づいて来る。
「まあ、可愛い。随分と人懐っこい猫なのね」
すると、ラビアはフィノの方を振り返り、ルナの体をフィノの方へと差しだした。
「この子がルナ。私の猫よ、可愛いでしょ」
差しだされたルナはそのままフィノの腕の中へと飛び移る。
逃げる様子を見せない事から、どうやらフィノの事も気に入ってくれたらしい。
アテルが不満げな視線を浴びせている。
「俺が見つけてやったんだぞ」
ふてくされるアテルに、ラビアが勢いよく抱き付いていく。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「や、やめろよ。恥ずかしいだろ、ここは他人がたくさんいるんだぞ」
そんな風に言いつつも、アテルの顔は嫌がっていない。
擦り付けてくるラビアの頭をそっと撫でてやりながら、優しい目でラビアの事を見つめている。
と、突然、そんな二人の間にルナが強引に割り込んだ。
見ると、ルナはいつの間にかフィノの腕から抜け出している。
アテルは慌てて身体を引いた。
そうする事でアテルは間一髪、ルナの立てた爪を避ける事に成功する。
「こいつ、何しやがるんだ」
しかし、アテルがいくら睨んでもルナはもうアテルの方を向いていない。
むしろ見せつけるようにラビアに体を摺り寄せている様にさえ見える。
「ふうー」
アテルは大きくため息をついた。
もうすっかり諦めているという体だ。
ユウは何だかアテルがかわいそうになってきた。
という事もあり、ユウはアテルの身体を軽く引き寄せ、アテルの頭をポンポンと軽く叩いて慰めた。
すると、それを見たルナが今度はユウに向かって飛びかかってくる。
反射的にアテルが離れ、結果、ユウとアテルの間に少しばかりの距離が出来た。
その隙間を通り抜け、ルナがその先の地面に着地する。
どうしてもアテルにちょっかいを出したいという所だろうか。
しかし、そこまでされてしまったのではさすがにアテルがかわいそうだ。
そう思ったユウが、ルナを説得するべく近づいて行こうとすると、ルナは素早く後ろに飛んでユウから逃れた。
ユウは更にもう一歩ルナの方へと近づいて行ってみた。
すると、ルナもユウが近づいたのと同じだけ、後ろに跳んで遠ざかる。
ユウは、一瞬、アテルと同様、自分も嫌われてしまったのかとも思ったのだが、よく見るとルナの目はアテルを威嚇する時の様な険しい目はしていない。
むしろ優しい目をしている様にさえ見える。
「ルナ、どうした。何か言いたい事でもあるのか?」
言いつつ、ユウはもう少しだけ近づいてみた。
しかし、ルナはユウが近づくと、捕まらない絶妙な距離を保って下がって行く。
ラビアがユウの隣に並びかけて言う。
「何かユウ兄ちゃんに言いたい事があるのかも」
確かに、すぐ近くにラビアが来たにも関わらず、ルナの視線はユウに向けられたままだ。
何かを訴えかけるような目で、ユウの事を見つめているように見える。
「ルナ、おまえ、何が言いたいんだ?」
ユウが声を掛けると、ルナは突然さっと身を翻し、時折ユウの方を振り返りユウの視線が自分に向けられている事を確かめながら、ゆっくりと動き始めた。
「ついて来てって言ってるみたい」
ラビアがユウを見上げて言う。
ユウもラビアと同じ事を感じていた。
「わかった。ついて行く事にするよ」
ユウがそう言った途端、ルナは歩く速度を上げた。
ユウは急いでラビアと手を繋ぎ、ルナの後を追いかけた。
フィノとアテルもユウの後ろに付いて来ている。
アテルの手はフィノがしっかりつかんでいるので、アテルが迷子になるような事も無さそうだ。
ルナが行くのは、ついさっきルナがアテルから逃げていたのとは違う方向だ。
その通りには、たくさんの人が歩いている。
美味しそうな匂いのする屋台も通り沿いに幾つも並んでいる。
そんな屋台の間を、ルナの姿を見失わない様注意しながら通り過ぎていく。
この通りには、余った素材や料理の残りの残飯など、猫が好みそうなものもたくさんある様に思えるが、ルナにそれらを気にする様子は見られない。
ルナは、真っ直ぐそのエリアを通り抜けた。
そして、その先の交差点で左に曲がる。
すると、人通りは一気に少なくなった。
そんな通りをさらに進むと、そこは今までよりも随分と道幅の狭い細い路地になっていた。
が、その路地もそのまま素通りする。
同様に幾つかの角を曲がり細い路地を通り抜けて行くと、街を護る城壁につき当たった。
しかし、よく見ると壁の一部に人が一人やっと通れるくらいの小さな穴が開いている。
ルナはその穴の前で一旦立ち止まり、ユウ達の方を振り返ると、すぐにまた前を向いて、城壁を通り抜けた。
城壁の外は何もない荒れ地になっていた。
大きな木などは少し先まで存在しない。
そんな何もない荒れ地をしばらく行くと、その先は背の高い草のびっしり生えた草むらになっていた。
森と街との境目に当たる一角だと思われる。
ルナはその草むらの手前で、もう一度ユウ達が後ろを付いて来ている事を確認すると、草をかき分けその草むらの中へと入って行って行った。
ユウはラビアと目を見合わせて頷き合ってから、ルナの行った後の草むらの中へと続いて入った。
ガサガサと草を踏みつける音がすぐ後ろから聞こえてくる事から、フィノとアテルもしっかり付いて来ているようだ。
ユウ達が見失わない様にする為なのか、前を行くルナは後ろをこまめに振り返りながら進んで行く。
この草むらの草は背丈が高いので、完全に中に入り込むと前後左右の感覚がわからなくなる。
なので、ユウもすぐに進んでいる方向がわからなくなってしまったのだが、ルナの背中だけはしっかりと見えていたので、ユウはその背中を頼りについて行く事にした。
と、少しして、ルナは完全にその歩みを止めた。
ルナはそこである一方向を真っ直ぐ見つめ固まっている。
どうやらそこが、ルナが案内したかった場所のようだった。




