鞘
ルナの視線の先を追いかけてみると、そこに落ちていたのは汚れた古い鞘だった。
剣を仕舞う程の大きさは無いので、恐らくは短刀かナイフの鞘なのだろう。
身につけるためのモノなのか、鞘にはベルトがついている。
「お前が俺に見せたかったものって、これ、…だったのか?」
正直、中身が入っているモノならばいざ知らず、鞘だけでは何の役にも立ちそうもない。
いや、たとえ中身が入っていたとしても、今のユウ達にとっては残念ながらあまり必要な物とは思えない。
短剣などの携帯性の良い武器は、サブの武器として、皆、もう既に装備済みだからだ。
だが、ルナはその鞘の隣で、ユウの事をねだるような目で見つめている。
そんな風にされてしまっては、少なくともルナの前ではこの鞘を無下に扱う事など出来そうもない。
ユウは、半ば止む無くその鞘を拾い上げた。
鞘は土にまみれて汚れてこそいるものの、その造りは意外にしっかりしているようだった。
手にした時の触感が、一般的な鞘よりも滑らかでしなやかなのだ。
ルナはユウが鞘を拾い上げたのを確認すると、ラビアの胸に飛び込んでその腕の中に収まった。
ラビアに頭を撫でてもらって満足そうに目を細めている。
と、ユウの身体を回り込むようにしてフィノが顔を覗かせてきた。
「何かいい物でも見つけたの?」
ユウがしばらく動かなかったので、心配して覗き込んできたらしい。
「いや。いい物かどうかはわからないけど…、ほら」
鞘をフィノに手渡すと、フィノは鞘の周りに付いていた土を手でこすり取る様にして落とし、自分の顔の前に掲げて、鞘をじっくり見定め始めた。
「これ、もしかしたら随分といい物なんじゃないかしら。手触りもいいし、造りもその辺のものなんかとは全然レベルが違っているわ」
「そうなの?」
「ええ。でも、一般的にはそんなに質のいい物が必用だとも思えないから、たぶん王様か貴族のものなんじゃないのかな」
そんな事が良くわかるな、と言おうとして、ユウはフィノが元の世界では王族の一員だった事を思い出した。
もしかしたら、フィノには王宮で似た様なものを見た経験があるのかもしれない。
その手の物に目が利く事は考えられない事ではない。
「なるほど…ね。…けど、鞘だけ持っていても仕方が無いような気もするけど。中身がないんじゃ権威の象徴とかにもならないような気がするし…」
「うーん、そうとも限らないんだけど…、でも、この鞘は造りがいいのは確かではあるんだけど、宝石のような装飾品が全くついていないのよね。これじゃあ、いくら造りが良いと言っても、権威の象徴にはならないかも…」
という事は、やはりこの鞘は一般的なものと同様、実用性重視のものだという事になるのだろうか。
「でも、だとしたらやはり中身がないのでは使い道がない」
「その鞘に合わせて新しく剣を造るっていう手もない事はないけど、そこまでする価値があるのかって言われたら、何とも答えに困るかな」
フィノが言っているのは、例え鞘に合わせて新しく剣を作ったとしても、あくまでも普通の剣としてしか使えそうもない、という事だろう。
鞘の中の剣の性能が上がる訳でもないので、当然と言えば当然だ。
やはり現状ではあまり使い道はなさそうだ。
が、ふと視線を感じて横を見ると、ラビアがユウを見上げている。
ラビアの腕の中ではルナも、ラビア同様ユウの事をじっと見つめている。
そんな風に見つめられてしまっては、さすがに無下には扱えない。
ユウはとりあえずこの鞘を持っていく事にした。
鞘についているベルトを腰に巻き付ける。
既に付けているベルトもあるので、ベルトは二本付けになる上に、鞘の中には中身が収まっていない為、只の飾りになってしまうのだがやむを得ない。
もしかしたらその内に役に立つ事もあるだろう。
ユウはそう思う事にして納得する事にした。
その時が必ず来るという保証はないのだが…。
それでもまあ、少なくともルナの見ている前ではこの鞘を放る事は出来ないし、そうでなくともユウ自身、もう何となく手放したくない様に思うようになって来ている。
身に着けてみると、妙にしっくりくるのだ。
ユウがベルトを巻き付けたのを確認したルナは、満足そうに目を細めた。
どうやら、だいぶ気をよくしているらしい。
鞘が腰の良い位置に来るようにベルトを回してから、ユウはフィノに聞いてみた。
「おかしいようには見えないか?」
「装飾がない分目立たないし、意識してみなければ中身が無いようになんて見えないから、誰も変だなんて思わないと思うわ」
「それもそうか」
考えてみれば、ユウもフィノもからの鞘なんかよりも遥かに目立つ物を背中に背負っている訳で、今さら他人の目など気にしても仕方がない。
まあ、そう邪魔になる訳でもなさそうだし、せっかくルナが持っていろと言うのだから、持っていてもいいだろう。
気が付くと、ルナはもうラビアの腕でくつろいでいる。
だが、朝市に帰るにはルナの先導が必要だ。
ユウ達が今いるこの場所は、見通しが利かない場所の為、もうすっかり朝市の方向がわからなくなっている。
なので、ルナに先導を頼もうとユウがルナの方に一歩踏み出したところで、突然、ユウの頭に念声が届いて来た。
『ユウさん、聞こえ…か? 聞こえ…返事をして…さい』
その念声は、以前この街の近くで出産を助けた馬、涼風のものだった。




