どこかの森
そこは見覚えのない森だった。
森と言っても木と木の間は比較的大きく空いていて、そこに背の低い草が隙間なく生えているという、疎らに木の生えた森だ。
ユウはその場で辺りをぐるりと見回してみた。
しかし残念ながら自分以外に人らしき者の姿は見当たらない。
どうやらこれがツォーナの言っていた「飛ばされる」という現象のようだ。
真っ暗な所為で見えなかったとはいえ、すぐ近くにいたはずのアーダやルティナ、それに寸前まで手を繋いでいたはずのフィノの姿も見つからない。
ユウはとりあえず念の声を使ってよびかけてみることにした。
『フィノ、ルティナ、アーダ、聞こえたら返事をしてくれ』
念の声を使ったのは、念の声の方が肉声よりも遠くまで届く事がわかっているからだ。
だが、誰からも返事は返ってこない。
静寂がユウの心を苛立たせる。
どういう仕組みでこんな所へ飛ばされたのかはわからないが、飛ばされた事はやむを得ないにしても、寸前まで手を繋いでいたはずのフィノの姿まで見えないというのは納得ができない。
ユウの感覚では、手を放すのとほぼ同時に視界が開けた訳で、という事は、少なくともフィノくらいはすぐ側にいてもおかしくないはずなのだ。
にもかかわらず、そのフィノの姿さえ見当たらない。
仮にフィノも自分と同じような場所に1人きりで飛ばされたのだとしたら、今頃フィノは震えて動けなくなっている可能性がある。
直前まで暗闇の中だった訳なので、なおさらだ。
早く安心させてあげなければ、もしかしたらまた以前のフィノに戻ってしまうかもしれない。
『フィノー、何処だー。いたら返事をしてくれー』
この世界に来た始めの頃とは違って、ユウも成長しているはずなので、この声も随分と遠くまで届いているはずなのだが、誰からも返事は帰ってこない。
という事は、三人ともかなり遠い場所にいると考えなければならない事になる。
それはゆゆしき事態だと言えた。
『フィノー。聞こえないのかー』
ユウはもう一度声を飛ばしてみた。
すると、
『私は…ここだよ。…ここにいるよ。…早く来て』
震える声が微かに、だが確かに耳に届いてきた。
間違いない。
フィノの声だ。
ユウは急いでその声の出所を探ってみた。
すると、フィノの気配はユウの今いる場所から北西方向に少し離れた場所にある事がわかる。
そう遠くもない場所だ。
ユウはその場所を目がけて走り出した。
『フィノ、今行くからな。そこから動くなよ』
『…う、うん』
小さな声だが、フィノの声は確実に届いている。
という事はこの声を追って行けば、少なくともフィノとの合流はすぐにできるという事で、その点についてはまあ良かったと言えそうだ。
ルティナとアーダの声は届いて来ないが、二人はフィノの様に孤独で動けなくなる心配はないはずなので、其々独自に判断してルティナの家へと向かってくれるはず。
ルティナにしろアーダにしろ、一人で動く事には若干の不安がある事も事実だが、初めて会った時と比べれば二人ともだいぶ成長しているはずなので、何とか来てくれるに違いない。
にしても、合流地点を決めておいた事は良かった。
どこへ飛ばされていようとも、向かうべき場所については迷わなくて済むからだ。
なので、今は一人にする事に不安があるフィノとの合流を最優先にするべきだろう。
しばらく行くと、森は終わり、所々に丈の長い草の茂る荒地の様な場所に出た。
その藪をかき分けながら、ユウは真っ直ぐフィノの声のあった方向へ向かい、ずんずんと進んでいった。
少しすると、フィノの気配がはっきりわかるようになってくる。
だが、ある程度近くまで来た事は確かなのに、その辺りにフィノの姿は見当たらない。
『フィノ、そこから目印になるようなモノが何か見えないか?』
『…目印?』
『もう近くまで来ているのは間違いないと思うのだけど、フィノの姿が見つからないんだ』
『ユウは今、何処にいるの』
言われて周りを見まわして見ると、少し先に幹が二つに割れた特徴的な木が生えているのが目に入ってくる。
それ以外に特徴的なものは見当たらない。
『正面に二又に別れた幹の木が見えるけど…』
『…ああ、その木なら、私の所からも見えるわ。…早く来て』
『わかった』
ユウは、そう答えたところで、ふと疑問が湧いてきた。
フィノは何故自ら姿を現さないのだろうか。
普段から元気印のフィノの事だ。
ユウが近くにいる事さえわかれば、飛び出して来ていてもおかしくない。
というか、飛び出してこなければおかしいように思える。
にもかかわらず、いまだに姿を現さない。
という事は、フィノの身に何かが起こっている事が考えられる。
『フィノ、大丈夫か?』
ユウが焦りぎみに声を掛けると、フィノはすぐに声を返してきた。
『…うん、なんとか。…でも、早く来てくれるとありがたいかも』
しかし、いつもの元気までは感じられない。
何処か不安げな様子が伝わってくる。
『もうさっき言った木の目の前には着いたんだけど…』
辺りに広がる丈の長い藪をかき分けながら歩いていたユウは、その先を続けようとして言えずに立ち止まった。
足元に、突然、大きな穴が現れたからだ。
井戸のように円いその穴の深さは三メートル程。
しかしその底には水などが湛えられている訳ではなく、むき出しの土があるだけだ。
よく見るとその底の部分にフィノのものと思われる女性の足が見えている。
一瞬土砂か何かに埋もれているのかと思い焦りかけたユウだったが、どうやらそう言う訳ではないらしく、穴の底に横穴の様なものがあり、そこから足だけが出ている様だと分かる。
生き埋めになっている訳ではないようだ。
ユウはホッと胸をなでおろした。
そして、縦穴の一部に小さな出っ張りがいくつも付いているのを見つけると、それを頼りに穴の底へと慎重に降り始めた。




