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精霊達

『私はメリン。実は私達は精霊なのです』

少しの後、赤い髪の女の子が言った。


次いで、青い髪の女の子がユウの右の肩の上に降り立って言う。

『あたしはエルス。改めてお礼を言います。ありがとう』

そして最後に反対側の左の肩に紫の髪の女の子が降りてくる。

『私はベーデ。私達はあなたの事を信頼する事にしますわ』


サイズこそ小さいとはいえ、絶世の美女ともいえる彼女たちにこの至近距離で囲まれてしまっては、自然、心臓の鼓動が大きくなってしまう。

ユウはその胸のドキドキを誤魔化す様に、とにかく話しを展開させようと試みた。

『と、とにかく無事でよかったよ。でも、どうして君達はこの木の中に…』

と、その話しをメリンが強引に遮った。


『ちょっと待って』

そして、空中を滑るようにユウの目の前へと近づいて来る。


『えっ、な、何を…』

あまりに近くまで近づいて来る為、ユウは身体を後ろに反らす様にして避けようとしたのだが、メリンはそんな事には一切構わずさらに近くにまで近寄ってくる。


そしてその至近距離で小さく言った。

『いいからそこでじっとしてて』

『避けないでくれよ』

『動いちゃだめですよ』

気が付くと、左右にいた二人もユウに頭を寄せている。

そして、ユウの都合など考えるそぶりも見せず、三人それぞれがユウの頭に自分の頭をくっつけた。


『どお、聞こえる?』

途端に声が一段クリアに聞こえるようになる。

『少々話づらくなるかもしれないけど、我慢してくれよな』

『その分、私たちと触れる事が出来る幸せを味わわせてあげますわ』


『ど、どういう事?』

言いながら、ユウは反らしていた身体をゆっくりと戻していった。

そして目の前に浮かんでいるメリンの足場になる様、その位置まで右手の掌を持ち上げて行く。


メリンはユウに頭を付けたままその掌の上に降り立った。

両側の二人は肩の上から身を乗り出す様にしてユウに頭を付けている。

ルティナとフィノがアーダを引き止めているのが目の端に見える。

二人はもう少し静観するつもりでいてくれているようだ。


ユウが体勢を完全に戻すのを待って、メリンが言った。

『ここは神達の暮らす領域だから、大事な事はこうして話をしないといけないの。ちょっと面倒かもしれないけど、我慢してくださいね』

『とはいえ、我々だって余程信頼しているモノとしかこんな話し方はしないんだぞ』

『それだけ本当の事を話す気になったのだと解釈して欲しいものです。いくら私達の事を開放してくれた方だと言っても、私達の事を無闇に、しかも無防備に話す訳にはいきませんからね。下手をしたらまた捕まってしまう事だってあるかもしれませんし』


三人ともずっと頭をユウにくっつけたままだ。

相手が美少女なので嬉しい事は嬉しいのだが、正直、少々鬱陶しくもある。


『話をする事がそんなに危険なら、無理に話しをしてもらわなくてもいいんだけど…』

なので、そこまでの事をする事はないだろうと思い、それを途中まで言った所で、ユウはこの神の領域という特別な世界で何の情報もなく無闇に歩き回る事が、急に危険極まりないもののように思えてきて、口籠った。

『…でも、確かに全く情報が得られないというのでは困るのか…』


それを聞いた、三人が勢いを増す。

『だからこうやって話をしているんじゃない』

『これなら、盗み聞きされる心配もないしな』

『安心して本音で話す事が出来ますわ』

彼女達の口調は明るいが、その内容はかなり物騒なものだといえる。

ユウは思わず聞き返していた。


『ちょっと待って。っていう事は、こんな風に頭を付けて話したこと以外は、誰かに聞かれているって考えた方がいいっていう事?』

『常にではないんだけどね。けど、神の力があれば網を張っておくくらいの事は簡単に出来はず。……。そして、たぶんそれがその神の琴線に触れたりすると、さっきまでの私たちみたいに捕らえられてしまうんだと思うの』


ユウは、メリンが話の途中で一瞬躊躇する様なそぶりを見せた事に気が付いた。

その様子は何かに怯えている様にも見えなくはない。


『ここってそんな物騒な世界なの?』

話しの内容を把握されているのだとすれば、それは決して気持ちの良いものではないだろう。

常にではないにせよ、そんな事が普通に起こるというのなら、この区域(なか)にはとても住みたいとは思えない。


『でも、ここを私達の主様が治めていた頃はそんな事は無かったのよ。だから、皆そんな事は忘れていたの』

メリンの声色には昔を懐かしむ響きがある。

『主様は盗み聞きなんて許さないもの』

『だけど、主様がいなくなって…』


ベーデの発したその言葉にユウはすぐに反応した。

『いなくなった?』


メリンがそれに答えてくれる。

『そうなの。眷属である私たちにすら何も言わずに消えてしまったの』

エルスとベーデも付け加える。

『私達は眷属だから、多少離れたくらいでは主様の気配を見失う事はないはずなのに、全然居場所がわからないのよ』

『でも、主様が生きている事は感じる事ができるわ』


三人は、ここで少し押し黙った。

そして少しの間の後、思い切ったように言ってくる。

『…だから私達は、主様もさっきまでの私達のようにどこかに閉じ込められているのではないかと疑っているの』

『…誰かの陰謀に巻き込まれてしまったのではないかってね』

『…そして、そんな話を普通にしていたら、私達も何者かの罠にかかって捕まってしまったっていう訳』


三人とも最初は少し躊躇する様子を見せていたものの、一度話し始めてからは、まるで旧知の間柄のように普通に話してくれている。

これは、頭を付けるこのやり方による安心感から来ているものではないかとユウは理解した。

逆に言うと、この話し方をしていてさえ、彼らは何かを気にして警戒している様なので、その何かの恐ろしさが並大抵のものではない事が何となく伝わってくる。


ユウは少し話を変えてみる事にした。

『ところで、その君達の主様というのは誰なんだい?』


三人の主が誰なのかという事も大事な話しだ。

しかし、彼等はそれを言葉にするのを今までで一番躊躇した。

そして、各々一旦ユウの頭から自分の頭を離し、お互いに目と目で見つめ合ってからもう一度ユウに頭を付けて言った。


『…キウル様です』

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