信頼
『あなた、私たちの言葉が分かるの?』
少しして、幹の上に顔を出した手のひらサイズの三人の女の子の中で、一番小さな赤い髪の女の子が聞いてきた。
『っていうか、君達の「助けて」ていう声が聞こえたから、助けに来たんだよ。でもよかった。危なく見逃して通り過ぎる所だったからね』
ユウが念の声でその問いかけに答えると、赤い髪の女の子の両脇にいた青い髪の女の子と紫の髪の女の子が目を見合わせた。
その真ん中で、赤い髪の女の子が鼻をくんくんさせて言う。
『なんだか、良く知っている匂いがするわね。これは…、リシュナナの樹液の匂いね』
それを受け、青い髪の女の子が何か思いついたように言ってくる。
『そうか、お前、「精霊の涙」を身に着けているんだな』
「精霊の涙」といえば、この世界に来た最初の頃に助けた森の妖精オルシェの母ラルシェに、左手首に埋め込まれたものだ。
それ以降、おかげさまで言葉が分からなくて困るという事態には陥っていない。
『なるほど、だから私たちの言葉が理解できるのですね』
紫の髪の女の子もそう解釈したようだった。
だが、今回、彼女達と話が出来るのは、ほぼ間違いなく「精霊の涙」の力ではない。
ユウは経験上、助けを求めてきた者を助ける事で、その者と声に出さずに意思疎通ができる様になる事を知っている。
「精霊の涙」を施される前からオルシェと話が出来たのはその為だ。
つまり、ここでする頭の中での会話は、そちらの理由によるものと考えられる。
しかし、彼女達の興味は「精霊の涙」に向いている。
『「精霊の涙」を持っているという事は、儀式を行ったという事ね。儀式を行ったという事は、それなりに力のある妖精の信頼を得たという事…』
『お前、いや、あなたは一体…』
『いや、まだわかりませんよ。実物を見てみなければ…』
幹の上で三人が顔を寄せている。
ユウにとって「精霊の涙」はあまり他人に見せるようなモノではないという認識なので、普段は服の袖や袖が短い場合は装飾品などで隠している。
しかし、彼女達がこれを理由に騒いでいるのがわかるので、ユウは左手首のその部分を彼女達から見える様にして掲げてやった。
すると、彼女達は案の定それに反応した。
『こ、これは…。やはりあなたは「精霊の涙」を持っていたのね』
『見ろ、すぐ後ろの女も持っているぞ』
『確かに…。間違いないみたいですね』
後ろを見ると、フィノもユウに倣って同じ事をしている。
フィノには彼等の念の声は聞こえていないはずなので、ユウの行動を真似してみたのだろう。
赤い髪の女の子が身を乗り出す様にしてユウとフィノの腕を確かめている。
『それは、ラルシェの所のものみたいね』
『良くわかりますね。確かに俺達はラルシェさんからこの「精霊の涙」をもらいました。けれど、今、あなた達と話をしているのはこのアイテムの力によるものではありません。何故かは良くわからないのですが、俺は助けを求めて声を発している者を助けると、その相手と意思の疎通ができる様になるようなのです。今回、俺はあなた達の助けを呼ぶ声を聞き、そして無事に助ける事に成功しました。だからこうして念の声が通じるのだと思います。それが証拠に俺と同じく「精霊の涙」を持っているそこのフィノには、この声は通じていないはずです。念の声ではなく直接声を掛けてもらえれば、理解できると思いますけどね』
フィノは依然として黙っている。
実際、フィノには彼女達の声は聞こえていないし、こう言う場面での交渉はユウに任せるしかないと思っているので、口を挿むつもりが無いのだ。
『いずれにせよ、あなた方が妖精の信頼を得た者だという事はわかります』
『そうね。…という事は、我々にとっても…』
『確かに、私達の事も開放してくれたわけですし…』
三人は何か納得したようだった。
そして、三人で何やらごにょごにょ話してから、三人並んで幹の端に立った。
三人の立っている場所は、ユウが背伸びをすれば届くくらいの高さでしかないのだが、掌の大きさ程しかない彼らがギリギリの位置に立つと、余計なことかもしれないが、落ちてしまわないか心配になってくる。
と、思ったそばから、真ん中にいた赤い髪の女の子が落ちてくる。
正確に言えば、彼女が自ら飛び降りたという事なのだろうが、背中に羽が生えている訳ではないので、落ちてくるという表現の方がしっくりくる。
しかし、背中に羽はないのだが、彼女の身体の後ろには赤い鱗粉が舞っているのが見える。
次いで、青い髪の女の子と紫の髪の女の子も幹の上から降りてくる。
彼女達の後ろにも青や紫の光の軌跡が伸びている。
ユウは慌てて彼女達の落ちてくる下へと駆け寄ると、彼女達を受け止めるべく両の掌を上に向けお椀のようにして待ち構えた。
落ちてくる女の子を受け止めるには少々心許ない行為だが、彼等の事を強く掴むと壊れてしまいそうなので、そうやって受け止めようと思ったのだ。
いくら小さな彼女達とはいえ、いや、掌ほどの大きさしかない彼女達だからこそ、あの高さから地面に落ちたら大怪我をしてしまってもおかしくない。
ユウの手では三人を受け止めるには少々窮屈な大きさではあると思うのだが、それでも上手く受け止めれば地面に激突するよりはかなりましなものと思われる。
ユウは彼女達の落ちてくる真下の位置で彼女達が落ちて来るのを待ち構えた。
が、いつまで待っても彼女達の重量はユウの掌にかからない。
視線を上げると、三人の女の子は三人ともユウの顔の高さ程の所で浮かんでいた。
羽がある訳ではないのに、なぜかその場に見事に浮かんでいるのだ。
近くで見る彼女達は、皆美しい少女だった。
そのままの縮尺で大きくすれば、誰もが振り返るレベルの美しさだ。
ユウは、彼女達を受け止める体勢を取ったまま、その場でしばし立ち尽くした。




