解放
周りの様子を注意深く窺いながら、ユウは、今来たばかりの森の中をゆっくり歩いて戻って行った。
その後ろを三人が一列になってついて来る。
しかし、そのカルガモの行進の様な行軍はすぐに終わった。
ほぼ等間隔に生えている木と木の間を二本分ほど戻った所で、ユウがその歩みを止めたからだ。
気配はユウの目の前にある木からする。
その木は周りの木と比べると少しばかり幹が太いものの、基本的には他の木と変わらない普通の木の様だった。
しかし、見回してみても、その木の周辺には声の主と思しきものの姿は見当たらない。
人間どころか、小動物さえ、少なくともユウの見える範囲にはいないのだ。
が、声の主の気配がここからしている事は間違いない。
気配は三つともすぐ近くにある。
「ちょっと待ってて。上の方を見て来るから」
戸惑っているユウの気配を察したのだろう、フィノが木を登ろうと動き出す。
ユウはフィノの手を掴んでその動きを引き止めた。
「待って。上には行かなくていい」
「どうして?」
「いや、気配は上には無いんだ」
「どういう事だ?」
アーダが横から聞いて来る。
ユウが一瞬枝の上を見てしまった為、アーダも声の主は木の上にいるものだと思い込んだようなのだ。
しかし、上を向いたのはフィノを引き止める為で、声の主の姿を探していた訳ではない。
視線を前に戻したユウを見て、ルティナが思いついたように言ってくる。
「もしかして、今回の声の主って、虫さんみたいな小さな存在だったとか?」
ルティナは目を凝らして目の前の幹を観察している。
声の主が上にいるのでないのなら、次善の案として物理的に小さなモノだと考える事は自然の流れといえるだろう。
例えば、虫程の大きさならば樹皮の裏に隠れている事だって考えられる。
だが、そういう事ではないと、ユウは感じていた。
「いや、俺も最初はそういう類のものじゃないかと疑ったんだけど、どうやらそういう訳でもないらしいんだ」
「なにかわかったのですか?」
「今回の声の主の気配はこの木の幹の中にあるんだよ」
「中、ですか?」
ルティナは首をかしげている。
「そう、中だ」
ユウはそう口に出して言った事で確信が持てるようになってきた。
すぐにフィノに指示を出す。
「フィノ、この木をそこの一番下の枝の辺りから切り倒す事って出来ない?」
「この木、切っちゃうの?」
「うん。どういう仕組みかはわからないけど、今回の声の主は、どうやらこの木の幹の中に閉じ込められているみたいなんだ」
「…なるほど、そういう事ね」
この木の一番下の枝はユウが手を伸ばせばギリギリ届くくらいの高さから横に向かって伸びている。
そのくらいの高さなら、フィノには軽く飛ぶことができる。
フィノはユウに向かって頷くと、軽い動作で飛び上がり、その上昇中にユウの指示通りその木の一番下に生えている枝のすぐ下を一閃し、さらに上昇して枝の根元を蹴り飛ばした。
ドドドドドーン
思ったよりも大きな音と共に、枝から上の部分が崩れ落ちる。
しかし、フィノが上手に加減をしてくれているおかげで、幹の手前にいるユウ達がそれに巻き込まれる事は無い。
「ありがとう、フィノ」
何事もないように着地を決めるフィノに、ユウは軽く手を上げ謝意を示すと、たった今フィノが斬った幹の切断面を見上げた。
すると、只の柱のようになってしまったその木の頂上から、小さな影が三つ、ひょこひょこひょこっと姿を現した。
『やった。光だ、光が見えるわ』
『ふうー。ようやく解放されたみたいだな』
『全く、この私をこんな所に閉じ込めるなんて、許せませんわ』
現れたのは、ユウの掌くらいの大きさの小さな女の子達だった。
小人の村の小人達よりも更にずっと小さな小人だ。
彼女達は切り口の上に現れるなり其々が大きく深呼吸をし、それからすっと下を見た。
『あの方が私達を助けてくれたみたいね、お礼を言わないと』
『確かに、お礼はきちんと言っておくべきだよな』
『私だって一応、感謝していますからね』
そしてそれから三人で息を合わせ、『ありがとう』と言ってくる。
口調はともかく、三人が感謝してくれている事はどうやら間違いないらしい。
パッと見、彼女達は充分元気そうで、怪我などもなさそうなので、上手く助ける事が出来たと考えていいのだろう。
『とりあえず三人とも無事みたいでホッとしたよ。よかった』
なので、ユウがそう言うと、三人は幹の上で固まった。
あれほど姦しかった三人が、見事に言葉を失っている。
御礼は言ったものの、通じるとは思っていなかったのだろう、どうやら言葉が通じた事に驚いているらしい。
三者三様の豊かな表情でユウの事を見つめている。
ユウは三人をこれ以上驚かさない様、笑顔を作り、黙って彼等のいる幹の上を見上げた。




