小屋の先
結論から言うと、扉は難なく抜けられた。
ユウはもちろん、かなり警戒した様子だったフィノや、同じく緊張した様子だったルティナやアーダも、皆拍子抜けした格好だ。
聞けば、ユウ達の通過を許可する神の声が聞こえてきたという事で、それで、ゴフジールは三人を扉の向こう側に送る事にしたのだそうだ。
これは大変珍しい事のようで、数百年ぶりの事だという。
通常は適当に話しをした後、追い返すよう指示されるのが普通なのだそうだ。
帰るよう促しているのにも関わらず、それでもしつこく通ろうとする者には相応の罰を与えているらしい。
それが何かについてまでは聞いていないが、少なくともデハルが運が良かった事だけは間違いなさそうだ。
ユウ達がこの小屋を通る事を許された理由については、ゴフジールはわからないという事だった。
というよりも、ゴフジールはほとんど何も知らされていないらしいのだ。
ただ、この小屋を通して良い者に対しては、会話の最中に「通してよい」事が伝わって来るようで、ゴフジールはこのルールに従って、ただひたすらに許可された者だけを通し、それ以外の者は通さない、という仕事を、何百年もの間、愚直に行い続けているという。
なるほど、そんなに長い間ずっとここにいるのならば、やはりゴフジールは人間ではないという事なのだろう。
何モノなのかはわからないが…。
扉を抜けると、そこは両側を高い壁で挟まれた細い道になっていた。
この道の道幅は、ユウが両手を広げた位の広さしかない。
なのでかなり圧迫感があるのだが、そんな道が扉の先からひたすら真っ直ぐ延々と続いている。
ゴフジールはユウと少し話をした後、ユウ達に先に行くよう促すと、その後はもうユウ達を見送る事もなく、早々に小屋に戻り、小屋の扉を閉じてしまった。
こうなると、もう前に進むより仕方がない。
「行こうか」
ユウが歩き出すと、すぐにフィノが横に並んで腕をとった。
道幅が狭いので、必然的にアーダとルティナは後ろに並ぶ形となる。
フィノがユウの事を覗きこむようにして言ってくる。
「何だが随分あっさり通してくれたわよね」
「そうだね。もっと説得しなくちゃいけないかと思っていたから、助かったよ」
「そう? その割には元気がない様な気がするけど」
フィノの目がユウの心の内を探るように窺ってくる。
その真剣な表情も可愛らしい。
「いや、元気がない事はないよ。ただ、いったい誰が俺達がここを通る事を許してくれたんだろうって、考えてみていただけなんだ」
「どういう事?」
「なんかすっきりしないんだよね」
「?」
ユウはフィノが首をひねっているのを横目で見るようにして、先を続けた。
「だってそうだろう? ゴフジールは言われた通りにしただけの様な事を言っていたけど、これまで、ほとんど誰も入れなかった所へ入れてくれた訳なのだから、やっぱりそれなりの理由はあると思うんだ」
「でも、ゴフジールに、通していい、って言ったのって神様なのでしょう? だったら、私達が何で来たかくらいわかっていたとしても不思議じゃないんじゃない? だからあっさり通してくれたのよ」
「でもさ、それなら俺達が声の主を助けに来たってわかっているっていう事だよね。だったらその神様が声の主を助けてあげればいいじゃない。わざわざ声の主を助けに来た俺達を通す事は無いんじゃないかな?」
「うーん。じゃあさ、その声の主が神様で、私たちが助けに来た事を知っていて、だから通してくれたっていう事は考えられない?」
フィノは言いながら、ユウに身体を預けてくる。
その所為で、フィノの胸の感触が伝わってきて、どうしても意識がそちらにもっていかれがちになってしまう。
「だ、だとすれば、もっと声が聞こえるようになっていいと思うんだ。け、けど、依然として声は聞こえてこない。だいぶ近くまで来ている事は気配でわかるんだけど、声はまだしないんだよ…ね」
ここでユウとフィノの間に、アーダが一瞬割り込んで、そしてすぐに戻っていった。
「おい。いくらこの辺りには危険な気配がないからって、ちょっと油断し過ぎじゃないのか。 フィノを先に行かせたのは前を警戒する意味もあるんだからな」
フィノが一旦引き剥がされた身体をユウの側に戻し、不機嫌そうな顔を後ろに向ける。
「大丈夫。これでもちゃんと注意を払っているんだから。…でも、そんな気配なんて全くないのよね。アーダだってわかるでしょ」
「…まあな。けどここから先は普通の場所とは思わない方がいいだろ。気を付けるに越した事はないんじゃないのか?」
軽く言い合いを始める二人の間に、ルティナが割って入ってくる。
「まあまあ、ここで襲って来るくらいならゴフジールさんの所で追い返せばよかった訳ですし、この道の間くらいは大丈夫だと思いますよ。ね、アーダだって本当はそう思っているのでしょう?」
ルティナがそんな風に言いながら、アーダの腕を引くようにしてて戻っていく。
そして、後ろから、順番なのですから、などと何やら小声で諭すように言っているのが聞こえてくる。
道はまだまだずっと先まで続いている。
この道は、二つの巨大な壁に挟まれたある意味特殊な空間といえるような場所ではあるのだが、しかし、その中にいると、不思議と気分が落ちついてくる。
考えてみれば、神の意図する所など凡人のユウに分かる訳がない。
それはつまり、考えても無駄だという事だ。
ユウはフィノの手を取りその手をしっかり握りしめると、視線を上げて前を見た。
その細長い空間のはるか先には、微かに明るい光が見える様になってきていた。




