通過
ゴフジールはユウと目が合ったのを確認すると、別の話題を振って来た。
「ところで、あなた方は何故神の山まで行くつもりだったのかな? もし、神頼みに来たというなら、仮にここを通る事が出来たとしても、さっきも言った通りどのみち神とは会えないし、行っても無駄になるだけだと思うがね。せっかくの縁なので、願いを紙に書いてもらえれば、神々に伝える位の事はしてやっても構わないぞ。尤も、願いをかなえてもらえるか否かについてまでは、保証する事は出来んがね」
そんな事を聞いて来るという事は、そういう人もいるという事なのかもしれないが、もちろんユウは願い事をするつもりでここへ来たわけではない。
ユウはゴフジールに正直にここへ来た目的を話してしまう事にした。
ユウにだけ助けを求める声が聞こえる事、その声の主の気配を追っていたらここに行き着いた事、そしてその声の主の声が小さくなってきている事を心配している事などを、ユウはゴフジールに伝えた。
ゴフジールはずっと微笑んでその話を聞いていたが、ユウが話しを終えると大きく一つ頷いた。
ユウは勢いに任せて更に聞いてみる事にした。
「ゴフジールさん。お伺いしたいのですが、この先、神の山と呼ばれる場所に、神は何人くらい住んでいるのでしょうか? それと、その神の山はここから見て真北の方角にあるのでしょうか。仮に神の山が真北の位置に無いのなら、声の主は神ではなく神の眷属だという事も考えられます。ですから眷属についても教えてもらえませんか」
この時ユウはゴフジールに目の奥を覗かれているように感じていた。
ゴフジールの笑顔は変わっていないのだが、目の奥には力がある。
「ふむ。まず神についてだが、ワシにわかる事があるとすれば、神は少なくとも複数いる、という事くらいかな。ワシがこれまでに感じた気配は一つではないから、それだけはほぼ間違いないと言っていい。だが、正確な数についてはわからない」
「わからないのですか?」
「ワシはこの小屋の番人でしかないからな。直接神に会った事などないのだ」
神という存在が複数いる事は、ユウは既に知っている。
そもそもそうでなければ、代替わりなどある訳がないのだ。
といって、ゴフジールが誤魔化そうとしているとも思えないのだが、しかし、だからこそさらに突っ込んで聞きたくなってくる。
「でも、ゴフジールさんは神々の声が聞こえるのでしょう? だったら、おおよその数くらいはわかりませんか?」
すると、ゴフジールは途端に表情を変えた。
「ほう。お前は、ワシが神々の声を聞く事が出来る事を知っているというのか。おかしいな、ワシはお前達にそんな事は言った覚えがないのだがな」
ゴフジールの口調には今までにない、ユウ達を責める強さがある。
ユウは密かに唇を噛んだ。
ゴフジールから情報を引き出そうとするあまり、ユウはデハルから聞いた話を交渉の材料に使ってしまったのだ。
こんな事で怒りを買われてしまったのでは大失態だ。
必死に思考を巡らせるが、良い案が浮かばない。
ならば、正直に本当の事を話すべきだと決め、ユウがそれを言いかけたそのタイミングで、ゴフジールの方が先に口を開いた。
「まあいい。誰に聞いたのかはおおよそ見当がつくからな。そうか、あ奴、生きておったのか…」
ゴフジールの体から何やら良くない空気が立ち上っていく。
確かにこれは只ならぬ雰囲気だ。
と、思った次の瞬間、ゴフジールは突然、何かに弾かれたかのようにピクンと大きく上体を反らして止まった。
何が起こったのかわからず戸惑うユウ達の視線を一身に浴びながら、しばしその状態のまま固まっていたゴフジールだったが、やがてゆっくりと体を起こし、そしてその場で誰に向かってなのか黙って大きく頷いた。
気が付くと、立ち上りかけていたはずの重い空気も綺麗に消えて無くなっている。
ゴフジールは一旦天井の一画を見上げ、記憶の糸を辿るようにしてから、ゆっくりとユウに向き直った。
「えーと、何だったかな。そうそう神々の声の事だったか。確かにワシには神々の声が聞こえる事がある。だが、その声は常に一様で個々を特定できるようなものではないのだ。だからその数まではわからない。が、複数いる事については間違いない。声同士で揉める事があるくらいだからな」
ゴフジールはもうすっかり元の状態に戻ったようだった。
彼の中で何かが起こった事は間違いなさそうだが、何が起こったのかはわからない。
しかし、そのおかげで助かったとはいえそうだ。
ゴフジールは何事もなかったかのように続けている。
「それと、神の山が何処にあるのか知りたいのだったかな。それについてもワシも詳しい事はわからない。何しろワシはこの小屋から出た事がないからな。かの山の事も実物は見た事がないのだ。だが、ワシがこれまで聞いてきた様々な話を総合すると、そう簡単にはたどり着けない場所にある事は間違いない。ここを通って行ったモノ達も、ほとんどがそこまでたどり着けずに戻ってきているというのが事実なのだ。あと、眷属についてだが、眷属には主となる神がいて、彼等はその主に忠誠を尽くす存在だとされている。が、それ以上の事はやはりワシにはわからない。ワシは眷属とも顔を合わせた事はないのでな」
これでは結局、わからない事ばかりで、碌な情報は得られていないと言わざるを得ない。
なので、もっと突っ込んで聞いてみたい所でもあるのだが、下手に聞いてまた先程の様な状況になっても困る。
やはりここは、先に進む事を優先するべきだろう。
ゴフジールは更に続けている。
「あなた方の質問に対する答えとしては、この位でいいだろう。悪いがワシの知っている事は少ないのだ。ワシの仕事はここを守る事だからな、それと関係のない事は知る必要が無いという事だ。そして、今もその仕事を実行しなければならない」
ゴフジールはそこまで言うとおもむろに立ち上がった。
それを警戒してフィノとアーダが立ち上がる。
が、先程のようにゴフジールの体から良からぬ空気が立ち昇る事はない。
表情も柔和のままだ。
緊張する一同の前で、ゴフジールはゆっくりとユウ達に背中を向けて歩き出した。
ユウ達を警戒するそぶりは一切ない。
黙って見守るユウ達を尻目に、ゴフジールは後ろの扉の前まで行くと、こちらを向いてユウ達の事を手招きした。
「さあ、この扉を出てこの先に進みなさい。疑問に思う事はこの先で好きに調べればいい。あなた方はそうする事を許されたのだから」
「許された?」
「そう。あなた方はここを通る事を許されたのだよ。だから、ワシは久々にここを通す仕事ができる。さあ、お行きなさい」
ここへ来てもゴフジールから妖しい気配が発せられる様子はない。
この感じなら、危険な事はなさそうだ。
ゴフジールが何故唐突にこんな事を言い出したのかはわからないが、先に進ませてもらえるのなら助かる事も間違いない。
そもそも、ここでこの申し出を断る理由は見当たらない。
ユウは立ち上がると、すぐに隣に進み出たフィノと共に、ゴフジールの待つ入ってきた扉とは反対側の扉に向かって歩き出した。




