話し合い
ユウは思わず聞き返していた。
「話すって、何をですか?」
ユウは元々話し合いをするつもりで来た訳なので、ゴフジールの提案は願ったりかなったりではあったのだが、漠然と、話しましょう、と言われても、何を話していいのか困ってしまう。
下手に話をして、いきなりゴフジールの琴線に触れてしまったりしたら、最悪だからだ。
ゴフジールは依然として温和な笑みを浮かべ、ユウの事を見つめている。
「話題なんて何でもいいのさ、話が出来ればそれでいい。けどまあ、確かに話題が何も無いのでは話をするのも難しいかな。なら、まずは話題を決めますか。…そうさなあ、じゃあ、この扉の先に、何があるか、なんて話はどうですかな?」
「え?」
ゴフジールにそんな風に話を振られ、ユウは一瞬固まった。
それはユウがこれから聞いてみようとしていた事だったからだ。
動揺するユウには構わず、ゴフジールは聞いて来る。
「あなた方は、この扉の先に何があると思ってここへ来たのです?」
先手を取られる格好になり、ユウは戸惑ってしまった。
もちろん、この話の展開はユウ達にとって悪い展開という訳ではない。
流れによっては、その扉を通して欲しい、という風につなげられる可能性だって有るからだ。
しかし、これではどうも都合が良すぎる。
まるでこちらが何を話したがっているのかわかっているかのように感じられる。
ユウがわずかに黙ってしまい、何も言わずにいる間に、ゴフジールは続けている。
「どうしました? ここへ来る者は大抵あの扉の向こう側に行こうとしている者ばかりだから、てっきりあなた方もそうだと思っていたのだが…、もしかして違ったかな?」
確かに、考えてみれば、ここに来る者は皆北へ行く事が目的の者ばかりのはずだった。
北に行くには必ずここを通らなければならないというのが本当なら、そういう事になる。
だとすれば、ゴフジールがこんな質問をする事も、ある意味当たり前の事で、別にユウの心を読んだ訳ではない、という風にも考えられない事はない。
「い、いえ、違いません」
ユウがそう答えると、ゴフジールはすかさず聞いて来る。
「では、もう一度。あなた方はこの扉の向こうに何があると思って、わざわざこんな山奥の僻地まで来たのですかな?」
ユウはまた一瞬答えを躊躇した。
しかし、ここで黙ったら誤解されるかもしれないと、意を決して答える事にする。
「実は、私達はこの先に神の住む山があると聞いて来たのですが、ちがいますか?」
嘘をついても仕方がないので、正直に答える事にした訳なのだが、と同時に、最後に勢いで聞き返してしまっていた。
この答え方で良かったのか自信が無かったからだ。
ゴフジールはそんなユウを訝しむ風も無く答えてくる。
「なるほど。確かに神の山カノンならこの先に有るな。だが、有る事は有るんだが…、しかし、神の山には人は立ち入る事は出来ないぞ」
「そ、それは、俺達の様な人間はこの扉の先には行く事が出来ない、という意味ですか?」
デハルもここで追い返されたという事だし、そうである事は考えられる。
しかし、ゴフジールはその問いを首を左右に振って否定した。
「いや。その解釈は色々と違っているな」
そして、一旦後の扉の方をちらと見てから、再びユウに向き直った。
「…まず第一に、この扉の先に人が行けないという事はない」
「で、では、私達もあの扉の向こう側に行く事が出来ると?」
「いや、それとこれとは話は別だ。けどまあ、それは、こうして話していればその内に結論が出るはずの事だから、とりあえず置いておくとして…、言っておかねばならんのが、仮にこの扉を通り抜ける事が出来たとしても、神の山たるカノンの地には人が入る事は許されていないという事だ。だから、それを目的に来たのなら、ここで帰る事をお勧めする」
ゴフジールは、一瞬だけ真顔になり、そう言い切った後、また笑顔になった。
「っていう事は、もしかして、この扉を抜けても神の山まではまだ距離があったりするのですか?」
「まあ、…そう考えてもらって構わない。カノンはそう簡単には辿り着けない場所にあるのでな」
ゴフジールは少しだけ考えるような仕草をしたものの、すぐにあっさりとした口調でそう答えた。
それを聞いたアーダが我慢しきれず声を漏らす。
「うへぇ」
ここまで来れば目的地はもうすぐだ、と思っていた訳なのだろうから、無理もない反応だ。
ユウも少なからず同じように感じていた訳なのだが、だとすると他にも気になる事があった。
「では、この扉を抜けて、神の山に着くまでの間というのは、一体どういう場所なのですか? もしかして、人が住んでいたりするのでしょうか?」
話を総合すると、人は神の山には入る事が出来ないが、それ以外の場所には行けるという事になる。
ならば、仮にそこに人が住んでいるのであれば、探している声の主がそこにいる人の可能性だってあるのではないかと考えたのだ。
しかし、ゴフジールはその可能性を否定した。
「いやいや、そういう事ではない。ワシが言ったのは、あくまでもこの扉の先に人が行けない訳ではない、という事で、そこに人が住んでいるという事ではないのだ。この先にいるのは神々の眷属くらいのものだろう。その他にはそこへ入る事を一時的に許されたもの、つまりはここでワシに追い返されなかったものだけだという事になる」
「眷属…」
「正確には、眷属の一部という事になるかな。神の中には一部の眷属を自らの近くに置くようにするものも多いらしいのでな」
と、いう事は、眷属は人と違って神の山に入る事が出来るのだろう。
眷属なのだから当然か。
「では、人はその眷属達の住まう場所までは行けるが、神の住む場所へは行けないと?」
「基本的には」
「基本的には?」
ユウが聞き返すと、ゴフジールは目をきらりと光らせた。
顔には笑みを浮かばせたままなのだが、その微笑みは気の所為か、さっきまでの笑顔とは微妙に違っている様に感じられる。
「例外として、かつて神が人に与えたという宝具が揃えば、山に入る事が許される…事があるらしい」
「らしい、…ですか?」
「ああ、残念ながら未だかつてそれを実行した者はいないものでな」
そんな風に言いながら、ゴフジールは少しばかり厳しい顔で、何故かユウとフィノのちょうど中間辺りに視線を向けている。
少し気になったので、ユウもその視線を追いかけるようにして振り向くと、同じく後ろを振り返ろうとしたらしいフィノと、頭と頭でぶつかった。
「痛っ」
「ごめんなさい」
「…いや、大丈夫だから」
幸いにしてまともにぶつかった訳ではなかった為、大して痛みがあった訳ではない。
ユウは、軽く頭を振った後、今度はフィノとぶつからないよう注意して、改めて後ろを振り返ってみたのだが、そこにはユウ達が入ってきた方の扉があるだけで、何か特別なものがある訳ではなかった。
少し不審に思いつつ、顔を前に向けると、そこには元の優しい笑顔に戻ったゴフジールが、今度はしっかりとユウの事を見つめて座っていた。




