ゴフジール
「おお、お前さん方、よう来なさった。ここに人が来たのは久方ぶりだな。ワシはこの小屋の主、ゴフジール。さあさあ、まずは小屋の中に入りなさい」
扉の陰から現れたその男は、真っ白な髪に、同じく真っ白なたっぷりとした顎髭をたくわえた、初老の大男だった。
背丈は特に大きくはないのだが、横幅があり意外に筋肉質な身体をしている為、大男と呼ぶのがしっくりくる。
と言っても、大きな身体をしている割には威圧感がある訳では無く、逆に柔らかな笑みを浮かべ、ユウ達の事を小屋の中へと誘っている。
その柔和の表情にユウは少々戸惑いを感じていた。
「こんな大きな身体をしている所為で、ワシの事を恐ろしく思う者もいるようだが、ワシは滅多な事では怒らない温厚な男だから、心配はいらないぞ」
ゴフジールが重ねて誘ってくる。
確かにゴフジールは、見た目は温厚そのものにしか見えない。
しかし、デハルから話を聞いている身としては、どうしても彼の言う、滅多な事では、という言葉に引っかかってしまう。
滅多な事の範疇を外れた場合はどうなるのかと、どうしても考えてしまうのだ。
とはいえ、ここでじっとしていても仕方がない。
ユウはゴフジールの招きに応じ、小屋の中へと入る事にした。
歩き出そうとするユウの隣にフィノが近寄り耳打ちする。
「アイツ、只者ではないわね。これまでに戦ってきたどんな相手よりも強いんじゃないかな。もし戦うんなら、結構覚悟が必要かも。そうなった時にはユウは逃げる事も一応考えの中に入れて置いてね」
「そ、そうなの? …でも、大丈夫。戦うつもりはないからさ」
見た目だけで判断すれば、ゴフジールはとてもフィノが警戒する様な相手とは思えない。
しかし、フィノがそう言うのなら、それはきっとそういう事なのだろう。
デハルから聞いた情報とも合致する。
だとすれば、余計に彼とは戦わないようにしなければならない、というになる。
「それなら、いいんだけど」
ユウの返事に、フィノは小さく頷くと、すぐにユウの側を離れた。
フィノが動いたその先にはアーダがいる。
一旦調子が戻った様に見えたアーダだったが、今は額に汗が滲み、緊張している事が見て取れる。
フィノはそんなアーダに近寄ると、そっと触れるようにして背中を擦った。
「フィノ…。…ありがとう」
アーダもフィノ程ではないにしろ、ゴフジールから何かを感じ取っていたのだろう、アーダのその緊張を、フィノは解してあげたのだ。
そのおかげで、アーダはだいぶ落ち着きを取り戻した様だった。
表情もだいぶやわらいだように見える。
反対側ではルティナがユウの腕にしがみついている。
恐らくルティナはフィノやアーダ程のインスピレーションは感じていなかったと思うのだが、フィノの話が聞こえた為、緊張したのだろう。
ユウはルティナの肩に手を回し、優しく抱きしめた。
「大丈夫。こちらが変な動きをしなければ向こうは動かない。肝心なのは話し合いだ」
「そ、そうですよね」
そしてそのままルティナを伴う格好で、小屋に向かって歩き出す。
元々はルティナを安心させる為にそんな行動をとったユウだったが、こうして身体を密着させていると、ルティナを通して力が伝わってくる感じがする。
ユウの方が逆にルティナからパワーをもらっている感じだ。
ユウとルティナの後ろには、フィノとアーダも付いて来ている。
ゴフジールは扉の前で何も言わずに微笑みながら待っている。
そこへゆっくり近づいて行くと、ゴフジールは身体を開けて四人を小屋へと迎え入れた。
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します」
ゴフジールが大きな体を窮屈に曲げて、丁寧に招き入れてくれたので、ユウも挨拶してからその前を通過すると、後の三人も各々挨拶してから、小屋に入った。
小屋の中は至ってシンプルな造りになっていた。
元々が丸太造りの小さな小屋なので、小屋の中には大した物はないだろうと思っていたのだが、それにしても何もない。
壁際に引き出しの付いた小さな箪笥のようなモノがポツンと置かれている他は、小屋の真ん中に少し大きめのテーブルが一つと、その周りに椅子が五つ、テーブルを挟んで一対四に置かれているが、それだけだ。
テーブルの向こう側、他の四つの椅子より二回りは大きな椅子が一つ置かれたその先には、入口の扉と同じ形の扉が閉まっている。
その扉の向こうには、恐らくは北へ通じる唯一の道が伸びている…はずだ。
「ささ、どうぞ、お座りください」
ゴフジールに促され、ユウはルティナと共に席に着いた。
少し遅れてフィノとアーダもユウの並びの椅子に座る。
ルティナ、ユウ、フィノ、アーダの順に一列に席に着いた四人を見て、ゴフジールはテーブルを回り込み、正面の大きな椅子にゆっくりと腰かけた。
「小屋に入るよう招いておいて申し訳ないんだが、ご覧の通り、ここには食べ物も飲み物も置いていないのでな。そういうもてなしは出来ないんだが、勘弁してもらいたい」
言われてみれば、確かにこの小屋には食べる物も飲む物も全く見当たらない。
そういう物は小屋の外にでも保存しているのだろうか、等と余計な事を思いつつ、ユウは返事を返した。
「いいえ、構いません。私達はここに食事に来たわけではありませんから」
ゴフジールは相変わらず柔らかな笑みを浮かべている。
少なくとも今現在は、目の前のこの柔和な男から恐ろしさは微塵も感じられない。
「まあ、そんなに緊張しなさんな。とにかく、少し話しましょう。私もこんな風に話しが出来るのは久しぶりだから楽しみだし、あなた方がこれからどうすべきかも、話をしている間にわかると思いますよ」
ゴフジールはそんな風に切り出した。




