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結局、ユウは馬をその円形の空き地で放していく事にして、そこから先は徒歩で行く事に決めた。

その空き地には結界が張ってある事がわかり、外へ出ない限りは安全だとわかった為、置いて行くならここだろう、という事になったのだ。


と言っても馬は繋いでいく訳ではない為、自ら外へ出る事は可能な訳で、出て行ってしまう事も考えられなくはないのだが、外に放すよりはマシだろうという訳だ。

後の事は彼等の知恵と生命力にかけるしかないという事になるが、彼等は賢くタフな上、身軽になれば相当なスピードが出せるはずなので、上手くやってくれると思いたい。


彼等を放していく事にした不思議な空き地については、その成り立ちを含め、わからない事はたくさんあるのだが、それは今突き詰める問題ではないだろう、という事で意見がまとまった。

そしてユウを筆頭に一人ずつ馬の背の上から周りの岩の上へと飛び移り、古い溶岩流の流れたあととみられる一面に広がる赤黒い岩の上を、遠く雪を頂く山頂に向かって登り始めた。


そこからの旅は、それまでの馬での旅に比べて、ぐっとスピードが落ちる事となった。

日数も意外に掛かる事となってしまったが、目の前には小さな獣くらいしか姿を現す事が無く、魔獣については見かける事さえなかった為、特に危険な目に遭うような事も無く、山は無事に越える事が出来た。

超えたと言っても山頂を超えた訳ではなく、それよりもだいぶ低い峠の部分を超えた訳なのだが、そんな峠でもそこへ到達するまでには、かなりの時間を要された。


峠を越えると、まず最初に目に入ってきたのは、奇妙な形の山々だった。

木や草などの植物が一切生えていない、山というよりは全面が白っぽい巨大な岩の塊が、麓の森の少し先に存在感たっぷりにでんと居座っている。


その岩の塊は、まるでその手前にある森の木々の侵入をせき止めるダムのように、延々と東西に延びる巨大な壁となって続いている。

その壁の上、岩山の上半分には、針のように尖った岩がびっしりと並んでいて、そこには生き物の気配など、全く感じる事が出来ない。


岩山の向こう側には微かに次の森が見えるのだが、まるで剣山の様なこの不思議な岩山は、少なくともそう簡単に超えていける代物とは思えない。

が、よく見ると、ユウ達が今いる場所の正面から少しだけ東に視線を移動させた場所に、手前と奥の二つの森を繋ぐ細い筋のような線が一箇所だけ通っているのが見て取れる。


恐らく、それは岩山を北に抜けて行く為の道で、北に行こうとする場合、そこを抜けて行くしかないものとと想像される。

つまり、その道のどこかにデハルの言っていた番人がいるのだろうと考えられるという事だ。

と、言う訳で、とりあえずはその道をめざして行く事にした。


下りに入っても、足元の状態は登りの時とさして変わらなかった。

足元の岩の表面は他の一般的な溶岩の山などとは違って意外に滑らかなので、そういう意味では歩きやすく助かった部分もあるのだが、波打つような凹凸があちこちにあって、しかもそれがかなりの高さにまで大きく波打っていたりする為、結局、麓の森まで降りる為には、登りとほぼ同じだけの時間を使う事となってしまった。


しかし、そんな赤黒い溶岩の斜面も、麓の森の手前位まで来ると、ほとんど角度が無くなってくる上に凹凸も小さくなっている為、難儀な場所も少なくなる。

そんな場所では、平坦な場所を歩くのと同様、ほぼ普通に歩く事が出来るので、だいぶ楽だ。


そして、山をほとんど下りきろうという辺りまで来てみると、次第に近づいてくる針だらけの岩山の垂直な壁が、意外に高さがある事がわかってくる。

下から見ると針の生えている山頂部は見上げる程の高さにあり、針の根元の高さにさえ、登っていく事は難しそうだ。

やはり北に行く為には、上で見た岩山に走るひび割れの様な細い道を探すしかないようだ。


が、フィノはそんな事はあまり心配していない様だった。

軽い調子で後ろに向かって話しかけてくる。


「長かったこの山もようやく終わりが近づいてきたみたいね。この先の森はそんなに距離がないみたいだからすぐに抜けられそうだし、だいぶ目的地に近づいてきたって感じじゃない?」

フィノには体力が有る分、余裕もあるらしい。

足取りも随分と軽やかだ。


フィノすぐ後ろには、フィノの次に体力のあるアーダがいる。

「ユウの話だと、気配も大分濃くなっているみたいだし、多分、そうなんじゃないか? な、ユウ」


な、と振られても、ユウはすぐには答えられなかった。

なぜなら二人の声が聞き取れなかったからだ。


ユウとルティナはフィノとアーダからだいぶ遅れてしまっていた。

フィノなどは目の前に人の背丈ほどもある大きな凸凹があっても、何事も無かったかのように普通に進んで行ってしまうのだから差が出来るのも当然だ。


少しして、ルティナと共に、二人の所へ追いついたユウは、なのでアーダに一度聞き返してからそれに答えた。

「そうなんだよね。少し前にちょっと集中して声が聞こえて来ないか探ってみたんだけど、そうしたら、はっきりした声とまでは言えないのかもしれないけれど、北の方角に間違いなく何かの気配がある事が感じられたんだ。声が聞こえればもっとはっきりわかると思うのだけれど、でも、多分、だいぶ近くまでは来ているとは思うよ」


「だとすると、この先は上で見た岩山の裂け目のような道を行くしかないようですから、恐らくその辺りに、ユウ様がデハルさんから聞いたという番人の小屋があるのでしょう。と、言う事は、もう目的地には着いたも同然なのかもしれないですね」

そんなルティナの言葉にフィノとアーダも頷いている。


だが、それはちょっと期待し過ぎだ。

着いた時にガッカリしない様、言っておく。


「いや、確かにそこまで行けば、デハルの言っていた神の山の番人だというゴフジールには会えるのかもしれないけど、ゴフジールが声の主である可能性は小さいと思うんだよね。さっき気配を探った時も、その気配はそこまで近くにあった様な気もしな…」

ユウはそこまで言った所で突然固まった。

急に身体が地面に押し付けられるような強烈なGに襲われ、全く動けなくなってしまったのだ。


見ると、ルティナもアーダもフィノでさえ、動けなくなっている。

ルティナは特に苦しそうだ。

眉間にしわを寄せ、必死になって耐えているが、足が震えていて、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


ユウは、そんなルティナの足元を見て気が付いた。

ルティナの足元には、何やら細い糸のようなモノが縦横無尽に走っている。

その糸はルティナの足元だけでなく、フィノやアーダ、ユウの足元にもある。


「気を付けて、足元の糸が、この異常の元凶みたいだから」

フィノもそれに気づいたのだろう、皆に注意を促してくる。


その時だった。


グルルルル


低いうなり声に気付いて振り向くと、ついさっきまで何もいなかったはずの、周りよりも少しだけ高くなった溶岩の凸部に、赤と黒のまだら模様の豹が四本の足ですっくと立ち、悠然とユウ達の事を見下ろしていた。

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