豹の糸
まだらの豹に睨まれたユウは、次の瞬間、更に強い圧力を感じ、と、同時に足元が大きくふらついた。
強大な圧力が身体全体に掛かり、押しつぶされそうになる。
ユウは、両足を踏ん張って、倒れないよう必死に耐えた。
物凄い圧力だ。
どういう仕組みかわからないが、頭の上に巨大な石を乗せられてしまったかのように、身動きが取れなくなっている。
その強い圧力の所為で、視線を落としたユウは、自分の足に、それまでとは別の一本の細い糸が、吸い付くようにしてくっつく瞬間を見た。
と、同時にもう一段強い圧力に襲われる。
ユウはその圧力に耐えながら、頑張って糸の出所を探ってみた。
足元の細く白い糸を辿りなんとか目線を動かしていくと、糸は豹の前足へと繋がっている事がわかる。
いや、繋がっているのはユウの足元の糸だけではない。
フィノ達三人の足元の糸も全て豹の前足へと繋がっている。
正確に言うと、ユウとルティナの足元の糸は主に豹の右前足へと繋がっていて、フィノとアーダの糸は左前足へと繋がっている。
そこへ、更にもう一本、右前足からユウを目がけて白い糸が延びてくる。
これで、この糸がこの豹が放ったものだという事が確定した。
どうやら、触れる糸が増える程、強い圧力がかかるという仕組みの様だ。
だとすると、逆に、糸から逃れる事が出来れば圧力は消える、という事になる。
「何だこの糸、足にくっついていて離れないぞ」
同じことを考えたのだろう、少し先でまだ多少動ける様子のアーダがあがいている。
アーダの様子から、糸は一度身体にくっつくと、そう簡単には逃れられない仕組みになっている事がわかる。
尤も、ユウは既に動く事が出来ない状態の為、そうでなくとも元々逃げる事など出来そうもないのだが。
そんなユウを目がけ、蛇が這うぐらいのスピードでするすると忍び寄って来ていた次の一本が、急に向きを変え、アーダに向かって動き出した。
アーダがまだ動ける状態にあるのを見て、標的を変えたという事らしい。
「アーダ、糸がそっちに行ったぞ。何とか逃げてくれ」
「逃げろっつっても、そう簡単に動けるものじゃねぇ」
等と言いつつ、それでもアーダは根性で何とか少しづつ動いてはいる様なのだが、迫り来る糸の速さには到底及ぶべくもない。
しかも、右手の槍にも糸がくっついているようで、槍がかえって枷のようになっている。
槍を地面に付けた時、石突きに糸がついてしまったようなのだ。
「くそっ、あの野郎」
アーダが豹を睨みつけるが、豹には動じる気配がない。
フィノはというと、アーダの様に動き回ろうとする訳ではなく、背中の剣を何とか抜こうと努めている。
フィノの足にはアーダと比べてもたくさんの糸が既に付着している事から、その所為でなかなか動く事が出来ず、苦労しているものと思われる。
ルティナはもう転ばないよう堪えるだけで精一杯の状態だ。
一度転べばもう立ち上がれない可能性が高いし、倒れる事で身体が更に他の糸を拾う可能性が高い為、かなり窮地に追い込まれる。
その状態で豹に襲い掛かられては、防ぎようがない。
アーダはまだ迫り来る糸から必死に距離を取るべくがんばっている。
が、その努力もむなしく、糸はもうすぐアーダの足を捕らえてしまいそうだ。
と、その時、アーダの事を追いかけていたその糸が、突然向きを変え、今度はフィノに向かって動き出した。
見ると、フィノの手が背中の剣に届いている。
それに気付いた豹がさらに標的を変えたらしい。
フィノの行為の方が危険だと判断した様だ。
それを見たアーダの目がきらりと光った。
そしてフィノの方へと向きを変え、一歩二歩と距離感を計る様にして横方向へと移動する。
フィノが背中の剣に手をかけたまま、アーダの動きを目で追っているのがわかる。
しかし、そんなアーダにも、先程とは別の糸が迫っていた。
この糸は、最初からアーダを狙って伸びて来ていたものだ。
こちらの糸は豹の左前足から伸びている。
つまり、この豹は左右の前足から一本づつ、一度に二本の糸を放つ事が出来るという事のようだ。
そして恐らく、同時に動かせる糸はこの二本だけだ。
既に獲物を捕らえた糸は、獲物から離れない様くっ付いてはいるものの、自ら動くような事はない。
動かす事が出来ないのだ。
糸は標的にくっ付いてさえいれば圧力をかける事が出来るようなので、自ら動く必要もないという事なのかもしれないが、という事は、この糸を断ち切りさえすれば、充分反撃できるという事になる。
だからこそ、剣を抜こうとしているフィノの事を豹は危険だと判断したのだ。
フィノの手に力がこもるのがわかる。
が、剣を抜くのには、それまで以上に圧力を跳ね除けなければならない。
それはこれまでのフィノの動きからみても、そう簡単な事ではなさそうだ。
フィノが剣を抜く事が出来ずにいる間に、アーダからフィノへと狙いを変えたあの糸が、フィノの足元へと近づいていく。
それとほぼ時を同じくして、アーダの足にももう一本の糸が襲いかかる。
しかし、その直前にアーダは自ら地面に身体を投げ出していた。
直後、アーダの身体に糸が届く。
それと同時に、最初からその辺りの地面に張り巡らせてあった糸が倒れたアーダの全身に絡みつく。
アーダの身体に今までよりも数段大きな圧力が加わるのがわかる。
しかし、そんな状態にもかかわらず、アーダの顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。




