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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第99章 分からない人の隣で

翌日。


澪はいつもより少し早く家を出た。


理由はない。


昨日の男に会うためでもない。


ただ、少し歩きたかった。


駅前を通る。


昨日の本屋を見る。


足が止まった。


「……何してるんだろう」


自分でも分からない。


そのまま通り過ぎようとした。


「澪さん?」


後ろから声がした。


振り返る。


昨日の男だった。


「また会いましたね」


「偶然」


「そうですね」


男は笑った。


「今日は本屋?」


「違う」


「じゃあ、どこへ?」


「分からない」


「僕もです」


澪は少し眉を寄せた。


「あなた、いつもそうなの?」


「何が?」


「分からないって言う」


「分からないものを、分かったふりするよりはいいかなって」


澪は黙った。


その言葉は。


少しだけ気になった。


*


二人は駅前のベンチに座った。


特に話すことはない。


男は自動販売機で飲み物を買った。


「何飲みます?」


「いらない」


「そうですか」


男は自分の分だけ買った。


しばらく静かに飲む。


澪が聞いた。


「名前」


「え?」


「あなたの名前」


男は少し驚いた。


「昨日は聞かなかったですよね」


「うん」


「僕は真琴です」


「真琴」


「はい」


「覚えた」


「それだけ?」


「それ以上、何か必要?」


真琴は笑った。


「いや」


そして。


「澪さんは、こういう人なんですね」


澪は真琴を見る。


「どういう人?」


「分からない」


「……」


「すみません」


「別に」


澪は少しだけ笑った。


「あなたも分からない人だから」


「それなら、お互い様ですね」


*


午後。


二人は駅前を離れた。


真琴が歩きながら言う。


「僕、少し変なことを聞いてもいいですか?」


「内容による」


「澪さんって、人を見るとき、何を見てます?」


澪は答えなかった。


「行動」


「行動?」


「言葉、表情、選択、環境」


「それで、その人が何を考えているか分かる?」


「分からない」


真琴は少し笑った。


「じゃあ、何のために見るんですか?」


澪は歩きながら考えた。


「分からないから」


「なるほど」


「分からないものを、分かるようにするため」


「じゃあ、僕のことも?」


「見てる」


「どうですか?」


「まだ分からない」


「それなら安心しました」


「どうして?」


「分かったつもりになられてないから」


澪は足を止めた。


真琴も止まる。


「……あなたは」


「はい」


「面倒な人」


「よく言われます」


「褒めてない」


「知ってます」


澪は少し笑った。


*


夕方。


万事修理店。


林夏が棚を組み立てていた。


「おかえり」


「ただいま」


月白が本を読んでいる。


「今日は?」


「昨日の人に会った」


林夏の手が止まる。


「お?」


「だから、その反応は何?」


「いや、恋の始まりかなって」


「違う」


月白が笑う。


「まだ分からないんでしょう?」


澪は月白を見る。


「うん」


「それでいいと思う」


「どうして?」


月白は本を閉じた。


「私も最初は、林夏と一緒にいる意味が分からなかったから」


林夏が振り返る。


「最初?」


「うん」


「今は?」


月白は少し考える。


「今は、分からなくてもいいと思ってる」


林夏は笑った。


「それ、なんかいいね」


澪は二人を見る。


以前なら。


そこから何かを分析した。


関係。


感情。


依存。


選択。


未来。


けれど。


今日はしなかった。


*


夜。


真琴からメッセージが届いた。


――今日はありがとう。


澪は画面を見る。


返信を書く。


――こちらこそ。


一度、送信を止める。


もう一行追加する。


――また話してもいい。


送信。


すぐに返事が来る。


――もちろん。


澪は画面を閉じた。


少しして。


また開く。


新しいメッセージはない。


それでも。


今度は気にならなかった。


「……明日じゃなくてもいい」


小さく呟く。


会いたい。


でも。


明日会わなければならないわけではない。


返事が来なければならないわけでもない。


関係に名前をつけなければならないわけでもない。


誰かを好きかどうか。


それを今決める必要もない。


澪は端末を机に置いた。


そして。


初めて、自分から誰かとの関係を急がないことを選んだ。


【対象:真琴】


【関係:未定義】


【継続:可能】


【本人の選択:継続】


端末の表示が消える。


その夜。


澪はいつもより少しだけ早く眠った。


明日。


何が起こるかは分からない。


でも。


分からないままでも。


誰かの隣を歩くことはできる。


それだけは。


少し分かった気がした。

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