第100章 敵の隣で
夜。
古い駅のホームに、二人の人影があった。
一人は、命運修正機構の制服を着ている。
もう一人は、紅葉の仲間だった。
「ここに来るとは思わなかった」
男が言う。
「あなたも来たじゃない」
女が答える。
二人とも。
互いの正体を知っていた。
だから。
本来なら、話す理由などなかった。
「今日の任務は?」
男が聞く。
「あなたを捕まえること」
「そう」
「でも」
女は少し黙る。
「今は、したくない」
男は笑わなかった。
「僕も」
*
二人が初めて会ったのは、一年前だった。
そのときは敵だった。
命令を受けて。
相手を追った。
何度も戦った。
一度も名前を聞かなかった。
それでも。
戦うたびに、少しずつ相手のことが分かっていった。
左手を怪我すると、右手だけで戦う。
疲れていても、逃げるときは後ろを確認する。
誰かが倒れていると。
敵であっても、一度だけ足を止める。
そんなことを。
互いに知っていた。
「どうして助けたの?」
以前。
男が聞いたことがある。
「敵だから」
女は答えた。
「意味が分からない」
「敵が死んだら、次に誰と戦えばいいか分からなくなるから」
男は笑った。
「変な人」
「あなたも」
それが。
二人の最初の会話だった。
*
現在。
女が言った。
「私は、あなたを好きなのかもしれない」
男は黙った。
「でも」
女は続ける。
「だからって、あなたの側には行かない」
「分かってる」
「私には私の所属がある」
「僕にもある」
「敵のままでも?」
「敵のままでも」
女は少し笑った。
「それでいいの?」
「いいかどうかは分からない」
男は駅の線路を見る。
「でも、君が僕のために全部捨てるのは嫌だ」
女は何も言わなかった。
「君が自分で決めたなら、僕は止めない」
「あなたも?」
「僕も、自分で決める」
*
遠くから列車の音が聞こえてきた。
女は立ち上がる。
「そろそろ行く」
「うん」
「次に会ったら」
「敵だね」
「そう」
二人は向かい合う。
女が少し笑った。
「じゃあ」
「うん」
「次は、ちゃんと戦う」
「分かった」
「手加減しない」
「僕もしない」
「……でも」
女は少しだけ視線を逸らした。
「死なないで」
男は答えなかった。
代わりに。
「君も」
それだけだった。
二人は別々の方向へ歩いていった。
*
翌朝。
万事修理店。
紅葉が入ってきた。
「林夏」
「おはよう」
「昨日、変な連絡が来た」
「どんな?」
「昔の仲間から」
林夏が棚から顔を出す。
「恋愛相談?」
「違う」
「残念」
「何が残念なの」
紅葉はため息をついた。
月白が本を閉じる。
「何かあった?」
「敵同士でも、誰かを好きになることがあるのかって」
林夏は少し考えた。
「あるんじゃない?」
「簡単に言うね」
「だって、好きになるのに許可はいらないし」
紅葉は黙った。
「でも」
林夏は続ける。
「好きになったからって、全部一緒になる必要もないだろ」
紅葉が林夏を見る。
「……それもそうね」
月白が小さく笑った。
「林夏、たまに普通のことを言う」
「たまに?」
「たまに」
「ひどいな」
紅葉は二人を見て。
少しだけ笑った。
*
昼。
澪の端末に、一つの記録が入った。
【関係変化を確認】
【対象:二名】
【所属:対立】
【感情:発生】
【選択:所属維持】
澪は画面を見つめた。
以前なら。
その記録から未来を予測しようとした。
けれど。
今は違った。
「好きだから、一緒になるとは限らない」
澪は呟く。
そして。
「好きだから、相手の選択を変える必要もない」
画面を閉じる。
*
夕方。
月白と林夏は店の前にいた。
月白が聞く。
「林夏」
「ん?」
「もし私たちが敵同士だったら」
林夏は少し考える。
「うーん」
「どうする?」
「とりあえず飯を食べる」
「……それだけ?」
「そのあと考える」
月白は笑った。
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ、もし戦わなきゃいけなかったら?」
林夏は少しだけ黙った。
そして。
「そのときは、自分で決める」
月白は頷いた。
「うん」
二人は並んで歩き出した。
恋は。
人を同じ場所に連れていくとは限らない。
時には。
違う場所にいる二人を。
それでも、互いに大切だと思わせるだけかもしれない。
そして。
その気持ちをどうするかは。
やっぱり。
本人が決めることだった。
【所属:維持】
【感情:継続】
【関係:未定義】
【選択:本人による】
未来は。
まだ決まっていなかった。




