第101章 少しだけ気になった
午後。
万事修理店に、一人の女性客が来た。
「すみません」
林夏が顔を上げる。
「はい」
女性は小さな箱を差し出した。
「これ、直せますか?」
中には古いネックレスが入っていた。
細い鎖が切れている。
林夏は手に取って確認した。
「直せます」
「本当ですか?」
「うん。少し時間はかかるけど」
「よかった」
女性は安心したように笑った。
「これ、母からもらったものなんです」
「じゃあ、大事ですね」
「はい」
林夏は作業台に向かった。
月白は少し離れたところで本を読んでいる。
女性は林夏の手元を見ながら話しかけた。
「こういう仕事、長いんですか?」
「そこそこ」
「器用ですね」
「そう?」
「はい」
林夏は笑った。
「褒めても何も出ないよ」
「ふふ」
月白のページをめくる手が。
一度だけ止まった。
*
しばらくして。
女性が言った。
「林夏さんって、話しやすいですね」
「そうかな」
「はい」
月白は本を見る。
文字が。
少しだけ頭に入ってこない。
「……」
自分でも。
理由が分からなかった。
女性は客だ。
林夏は仕事をしているだけ。
それだけだ。
なのに。
少しだけ。
気になる。
*
夕方。
ネックレスが直った。
林夏は女性に渡す。
「ありがとうございます」
「いえ」
女性は嬉しそうに首にかけた。
「やっぱり、これ好きです」
「よかった」
「また何かあったら来てもいいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、また」
女性が店を出ていく。
扉が閉まる。
林夏は作業台を片付け始めた。
「月白」
「うん」
「今日、静かじゃない?」
「そう?」
「うん」
「いつも通り」
林夏は首を傾げた。
「そうかな」
月白は本を閉じた。
「……林夏」
「ん?」
「さっきのお客さん」
「うん」
「きれいな人だったね」
「そうだね」
「話すの、楽しそうだった」
「うん。面白い人だった」
月白は黙った。
「……そう」
林夏は月白を見る。
「どうしたの?」
「何でもない」
「本当に?」
「うん」
林夏は少し考える。
そして。
「もしかして」
「何?」
「嫉妬してる?」
月白の動きが止まった。
「……」
「違った?」
「分からない」
「そっか」
林夏はそれ以上聞かなかった。
月白は少し驚いた。
「聞かないの?」
「話したくなったら話せばいいよ」
「……うん」
*
夜。
二人は店の外に座っていた。
月白はしばらく黙っていた。
やがて。
「少しだけ」
「うん」
「嫌だった」
林夏は何も言わずに聞いている。
「林夏が、あの人と楽しそうに話していたのが」
「うん」
「別に、何かされたわけじゃない」
「うん」
「私が勝手に気になっただけ」
「うん」
月白は少し俯いた。
「こういうの、嫌だね」
「どうして?」
「相手を縛りたくなるから」
林夏は首を横に振った。
「別に、縛らなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「気になるなら、気になるって言えばいい」
「それだけ?」
「それだけ」
月白は少し考える。
「じゃあ」
顔を上げる。
「私は、林夏が他の人と楽しそうにしていると、少し嫌」
「分かった」
「それだけ?」
「うん」
「怒らない?」
「なんで?」
「……分からない」
林夏は笑った。
「じゃあ、僕も言う」
「何?」
「月白が他の男と楽しそうにしてたら、たぶん僕も少し気になる」
月白は目を見開いた。
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「まだそういう経験ないから」
月白は小さく笑った。
「じゃあ、同じだね」
「うん」
二人は並んで座った。
嫉妬は。
相手を自分のものにする理由ではない。
離れる理由でもない。
ただ。
その人が自分にとって少し大切になっていることを。
自分に教えてくれる感情なのかもしれない。
月白はそう思った。
*
少しして。
林夏が立ち上がった。
「お腹空いた」
「また?」
「うん」
「何食べる?」
「月白は?」
「今日は何でもいい」
「じゃあ、ラーメン」
「また?」
「嫉妬した日のラーメン」
「そんな料理ないよ」
「今作った」
月白が笑う。
「じゃあ、食べに行こう」
「うん」
二人は店を閉めた。
手はつながない。
恋人とも呼ばない。
ただ。
いつものように並んで歩く。
その距離が。
昨日より少しだけ近く感じられた。
【感情:発生】
【嫉妬:確認】
【関係:継続】
【所有:不要】
【選択:本人による】
月白は端末を見て。
小さく笑った。
「最後の一つだけ、余計」
林夏が覗き込む。
「何?」
「何でもない」
「じゃあ、行こう」
「うん」
二人は夜の街へ歩いていった。




