第95章 昔の人と、今の人
昼過ぎ。
紅葉は待ち合わせ場所に着いた。
駅から少し離れた、小さな喫茶店。
三年前。
まだ自分が命運修正機構にいた頃、七番と初めて話した場所だった。
店の前で立ち止まる。
「……変わってない」
「紅葉」
振り向く。
七番がいた。
以前より少し髪が長い。
服装も違う。
表情も、昔より落ち着いていた。
「久しぶり」
「うん」
二人は店に入った。
窓際の席に座る。
店員が注文を聞きに来る。
七番がメニューを見る。
「昔と同じものにする?」
紅葉は顔を上げた。
「何それ」
「昔、ここで頼んでた」
「覚えてたの?」
「忘れられなかった」
紅葉は少し黙った。
「……じゃあ、それで」
「分かった」
注文を終える。
しばらく沈黙が続いた。
昔なら。
任務の話をしていた。
次の行動。
対象。
命軌。
命令。
けれど今は。
何も決められていない。
七番が言った。
「最近、何してる?」
「修理屋に行ったり」
「林夏の?」
「そう」
「……そうなんだ」
七番は少し笑った。
「昔の紅葉なら、絶対に行かなかっただろうな」
「昔の私じゃないから」
「うん」
その返事が早かった。
紅葉は七番を見る。
「どうして?」
「今の君を見てるから」
その言葉に、紅葉は少し困った。
「……そういう言い方、ずるい」
「ごめん」
「謝るところじゃない」
「じゃあ、どうすればいい?」
「知らない」
二人とも笑った。
*
店を出る。
七番が言った。
「少し歩かない?」
「いいよ」
二人で歩く。
三年前と同じ道。
けれど。
景色は少し違って見えた。
紅葉が突然立ち止まった。
「ねえ」
「うん?」
「もし三年前に戻れたら」
七番は答えを急がなかった。
「戻りたい?」
紅葉は考えた。
「……分からない」
「僕も」
「昔の私は、あなたのことをどう思ってたんだろう」
「好きだったと思う」
「自信あるの?」
「ない」
「じゃあ、なんで言ったの」
「昔の僕なら、そう思いたかったから」
紅葉は少し笑った。
「今のあなたは?」
七番は前を見る。
「今の君を、もっと知りたい」
「それだけ?」
「それ以上は、まだ分からない」
紅葉は黙った。
そして。
「それでいい」
そう言った。
*
一方。
万事修理店。
林夏は棚を作っていた。
月白が横で本を読んでいる。
「ねえ」
「ん?」
「今日、何食べる?」
「林夏が決めて」
「じゃあ、ラーメン」
「昨日も食べた」
「じゃあ、別のラーメン」
「同じじゃない?」
「大事なのは気持ちだよ」
月白は本を閉じた。
「じゃあ、私が作る」
林夏が驚く。
「料理できるの?」
「少しだけ」
「少しだけって、どのくらい?」
「食べられるものは作れる」
「それ、一番怖いやつじゃない?」
月白が笑った。
「じゃあ、作らない」
「いや、作ってみよう」
「どうして?」
「気になるから」
「失敗したら?」
「一緒に食べる」
月白は少しだけ目を細めた。
「……うん」
*
夕方。
厨房に立つ月白。
林夏は横で野菜を切っている。
「それ、大きすぎない?」
「大丈夫」
「火が通らないよ」
「じゃあ、もっと煮る」
「そういう問題?」
月白が笑う。
「林夏って、料理するときも適当」
「料理は勢い」
「修理も?」
「修理はちゃんとする」
「どうして?」
「壊れたら困るから」
月白は手を止めた。
「人も?」
林夏は少し考える。
「人は修理できないよ」
「……そうだね」
「だから、自分で直すしかない」
月白は黙って頷いた。
「でも」
林夏が続ける。
「隣にいるくらいならできる」
月白が林夏を見る。
「それなら、いて」
「うん」
それだけだった。
*
夜。
食事を終えたあと。
月白は食器を洗っていた。
林夏は椅子に座っている。
「今日、楽しかった」
月白が言った。
「料理?」
「うん」
「失敗してたけど」
「失敗してない」
「ちょっと焦げてた」
「少しだけ」
「それを失敗って言うんじゃない?」
月白が振り返る。
「じゃあ、次は成功させる」
「また作る?」
「うん」
「じゃあ、楽しみ」
月白は笑った。
その顔を見て。
林夏も笑った。
未来の話ではない。
約束でもない。
ただ。
次も一緒に食べる。
それだけだった。
*
夜道。
紅葉と七番は駅へ向かって歩いていた。
「また会える?」
七番が聞いた。
紅葉は少し考えた。
「会いたかったら、連絡すればいい」
「君からは?」
「……私も、会いたくなったらする」
「分かった」
駅の前で立ち止まる。
二人は別々の方向へ歩き出した。
紅葉は一度だけ振り返る。
七番も振り返っていた。
目が合う。
二人とも何も言わない。
それでも。
昔とは違う何かが、そこに残った。
恋なのか。
懐かしさなのか。
それとも。
ただ、もう一度知りたいという気持ちなのか。
まだ誰にも分からない。
【過去:一致】
【現在:更新中】
【関係:未定義】
【次回接触:本人の選択による】
紅葉は端末を閉じた。
「……勝手に決めるな」
小さく呟いて。
今度は振り返らずに歩いていった。




