↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/350

第93章 好きになったあと

午後。


万事修理店には、珍しく客がいなかった。


林夏は奥で工具を整理している。


月白は窓際の椅子に座って、本を読んでいた。


そこへ紅葉が入ってきた。


「暇そうね」


「今日は暇」


林夏が答える。


「珍しい」


「だから本でも読もうかなって」


「あなたが?」


「何その反応」


紅葉は笑った。


月白も本を閉じる。


「紅葉、今日は一人?」


「うん」


「七番は?」


「今日は別」


林夏は工具を戻しながら言った。


「じゃあ、三人で何か食べる?」


「なんでそうなるの」


「暇だから」


「……まあ、いいけど」


三人は近くの食堂へ向かった。


*


注文を終えると、林夏は水を飲んだ。


「そういえば」


紅葉が月白を見る。


「何?」


「最近、よく一緒にいるね」


月白は少し考えた。


「そうだね」


「楽しい?」


「うん」


即答だった。


紅葉は少し笑った。


「そう」


林夏は何も言わず、メニューを眺めている。


「林夏は?」


紅葉が聞く。


「何が?」


「月白と一緒にいるの」


「楽しいよ」


こちらも即答だった。


月白が少しだけ笑う。


紅葉は二人を見た。


「……なるほど」


「何?」


「別に」


料理が運ばれてくる。


三人は食べ始めた。


しばらくして、紅葉が突然言った。


「ねえ、月白」


「うん」


「好きな人ができると、自分って変わると思う?」


月白は箸を止めた。


「……どうだろう」


「私は変わった」


「紅葉が?」


「うん」


紅葉は少し考えながら話した。


「昔は、誰かに必要とされれば、それでいいと思ってた」


「命令されることも?」


「そう」


「どうして?」


「自分で決めなくて済むから」


月白は静かに聞いていた。


「でも今は?」


「今は、自分で決めたい」


紅葉は答えた。


「七番が好きかどうかも」


「うん」


「昔の私と同じ気持ちなのかも分からない」


「うん」


「だから、まだ決めてない」


月白は微笑んだ。


「それでいいと思う」


紅葉が少し驚く。


「あなたは?」


「私?」


「林夏のこと」


月白は黙った。


林夏は食事をしながら、何も言わなかった。


月白は少し考えた。


「私は……一緒にいると、明日のことを考えるようになった」


「明日?」


「うん」


「昔は?」


「昔は、明日が来るかどうかばかり考えてた」


紅葉は何も言わなかった。


月白は続ける。


「でも今は、明日何を食べようとか」


少し笑う。


「どこへ行こうとか」


「うん」


「そういうことを考える」


紅葉はしばらく黙っていた。


そして小さく笑った。


「それ、結構大きな変化じゃない?」


「そうなのかな」


「うん」


林夏が口を挟む。


「明日の飯は大事だからね」


二人が同時に林夏を見る。


「……何?」


紅葉が笑った。


「そういうところよ」


「何が?」


「なんでもない」


*


食事を終えた三人は、店へ戻った。


林夏は先に店へ入った。


月白と紅葉は少し後ろを歩いている。


「月白」


「うん」


「あなた、幸せそうね」


月白は少し驚いた。


「そう見える?」


「見える」


「……うん」


少しだけ考える。


「たぶん、幸せなんだと思う」


「たぶん?」


「まだ慣れてないから」


「幸せに?」


「うん」


紅葉は笑った。


「変なの」


「そう?」


「でも、悪くない」


月白も笑った。


二人は並んで歩いた。


*


その頃。


街の反対側では、七番が古い建物の前に立っていた。


そこには白澤がいた。


「久しぶり」


七番が言う。


白澤は振り返った。


「君か」


「まだ、この辺に来るんだね」


「たまに」


「組織には戻らない?」


白澤は少し考えた。


「分からない」


七番は笑った。


「珍しいね。君が分からないって言うの」


「最近、多いんだ」


「そう」


二人は少し離れた場所に立っていた。


「紅葉と会っている」


白澤が言った。


「うん」


「彼女は元気?」


「元気だよ」


「そう」


白澤はそれ以上聞かなかった。


七番が逆に聞く。


「月白は?」


「元気だった」


「会った?」


「見ただけ」


「話さなかったんだ」


「話さなかった」


七番は少し笑った。


「変わったね」


「君もだろう」


「そうかもしれない」


二人の間に沈黙が落ちる。


昔なら。


この二人は同じ目的のために動いていた。


今は違う。


どちらも、まだ自分の行き先を決めていない。


「また会うかもしれないね」


七番が言う。


「そのときは?」


「そのとき考える」


白澤は少し笑った。


「それでいい」


二人は別々の方向へ歩き始めた。


*


夜。


万事修理店。


林夏は夕食を作っている。


月白は今日買った本を読んでいた。


「月白」


「何?」


「明日、予定ある?」


「ないよ」


「じゃあ、どこか行く?」


月白は本から顔を上げた。


「林夏が決める?」


「今日は俺が決めようかな」


「どこ?」


「まだ決めてない」


月白は笑った。


「じゃあ、明日考えればいいね」


「うん」


二人は笑った。


その夜。


紅葉は部屋で、昼間の会話を思い出していた。


好きな人ができたあと。


自分は何が変わったのだろう。


七番のことを考える。


そして、自分自身のことを考える。


「……まだ、分からない」


紅葉は髪飾りに触れた。


けれど。


分からないことを、悪いことだとは思わなかった。


月白も。


七番も。


白澤も。


ユウも。


そして林夏も。


それぞれが、自分の気持ちを抱えながら歩いている。


恋は、人を別人にするものではない。


誰かを好きになったあとでも。


自分は自分のままだ。


ただ。


今まで見えなかったものが、少しだけ見えるようになることがある。


【感情:変化】


【関係:継続】


【本人:維持】


【未来:未確定】


その記録だけが残った。


そして朝になれば。


また、それぞれの一日が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。