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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第91章 名前のない約束

「今度は私が店を選ぶ」


紅葉がそう言ってから、三日が経った。


七番は、約束の日を覚えていた。


けれど、連絡はしなかった。


約束したのは紅葉だから。


来るかどうかを決めるのも、彼女だと思っていた。


昼前。


駅前の時計が十二時を指した。


七番はベンチに座っていた。


十分。


二十分。


三十分。


それでも、紅葉は来なかった。


七番は時計を見る。


「……帰るか」


そう呟いたとき。


「遅れた」


後ろから声がした。


七番が振り返る。


紅葉だった。


「遅い」


「悪かった」


「何してたの?」


「寝坊した」


「……珍しい」


「僕もそう思う」


紅葉は少し笑った。


「じゃあ、行くよ」


「どこ?」


「まだ秘密」


「また?」


「私が選ぶって言ったでしょう」


「そうだった」


二人は歩き始めた。


*


着いた場所は、駅から少し離れた小さな市場だった。


食べ物の店が並んでいる。


紅葉は迷わず一軒の店に入った。


「ここ」


「何の店?」


「餃子」


七番が店内を見る。


「……好きだったっけ?」


「知らない」


「じゃあ、どうして?」


「食べたことがなかったから」


「なるほど」


二人で席に座る。


餃子を注文する。


しばらくして、料理が運ばれてきた。


紅葉が一つ取る。


「熱い」


「気をつけて」


一口食べる。


「……普通」


七番も食べる。


「普通だね」


「でも」


紅葉はもう一つ取った。


「もう一個食べる」


七番は笑った。


「気に入ったんじゃない?」


「普通だから食べられる」


「それ、気に入ったってことじゃない?」


「違う」


「そう?」


「違う」


七番は笑った。


紅葉は少しだけ睨んだ。


けれど、怒ってはいなかった。


*


食事のあと。


二人は市場を歩いた。


雑貨店の前で、紅葉が足を止める。


小さな髪飾りが並んでいた。


「それ、似合いそう」


七番が言った。


「何が?」


「その赤いの」


紅葉は髪飾りを見る。


「……そう?」


「うん」


「じゃあ、買って」


「僕が?」


「言ったのはあなた」


七番は苦笑した。


「分かった」


店員が包んでくれる。


紅葉は袋を受け取った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「でも」


紅葉は袋を見た。


「これは借りにしておく」


「返さなくていいよ」


「そういうの嫌い」


「じゃあ、いつか何か返して」


「分かった」


紅葉は小さく笑った。


*


午後。


二人は市場を出た。


「次は?」


七番が聞く。


「特に決めてない」


「珍しいね」


「全部決める必要ないでしょう」


「それもそうだね」


二人は歩いた。


行き先を決めずに。


途中で小さな公園を見つけた。


紅葉がベンチに座る。


七番も隣に座った。


「今日は変な感じ」


紅葉が言った。


「何が?」


「昔は、どこに行くにも理由があった」


「任務だったから」


「そう」


紅葉は空を見る。


「誰かを追う。


誰かを守る。


誰かを殺す。


何かを確認する。


いつも目的があった」


「今は?」


「ない」


「嫌?」


紅葉は首を横に振った。


「……嫌じゃない」


少し沈黙する。


「むしろ」


紅葉は言った。


「こういうほうが、楽かもしれない」


七番は何も言わなかった。


ただ隣にいた。


*


夕方。


帰り道。


紅葉が突然立ち止まった。


「七番」


「何?」


「昔の私と、今の私」


「うん」


「どっちが好き?」


七番は驚いた。


紅葉自身も、聞いてから少し驚いたようだった。


「……変な質問した」


「いや」


七番は少し考えた。


「今の君」


紅葉は黙った。


「どうして?」


「今の君は、自分で選んでるから」


「昔の私は?」


「昔の君も好きだった」


「じゃあ、同じじゃない?」


「違う」


七番は笑った。


「昔の君は、僕が好きだと言えば、そのまま信じてくれた」


紅葉は黙って聞いている。


「今の君は、僕が好きだと言っても、それを自分で考える」


「……それがいい?」


「うん」


七番は答えた。


「そのほうが、君らしいと思う」


紅葉はしばらく何も言わなかった。


そして。


「じゃあ」


小さく笑った。


「今の私を、もう少し知ってみれば?」


七番も笑った。


「そうする」


二人は再び歩き始めた。


*


夜。


万事修理店。


林夏は夕食を食べていた。


月白が本を閉じる。


「紅葉、今日は七番と一緒だったみたい」


「そうなの?」


「うん」


「何してたのかな」


「餃子食べてた」


「なんで知ってるの?」


「紅葉が写真送ってきた」


「え?」


月白がスマートフォンを見せる。


餃子の写真。


その隣に、赤い髪飾り。


林夏は笑った。


「なんか普通だね」


「うん」


「いいじゃん」


月白は写真を見ながら言った。


「昔の関係じゃなくて、今の二人になっていくのかもしれないね」


林夏は少し考えた。


「それなら、時間が必要だね」


「うん」


「急ぐ必要ないし」


「そうだね」


二人は顔を見合わせた。


そして、同時に笑った。


*


その夜。


紅葉は買った髪飾りを机の上に置いた。


まだ袋から出していない。


少し迷ってから、袋を開ける。


鏡の前に立つ。


髪に当ててみる。


「……似合うかな」


誰もいない部屋で呟く。


少し考えて。


そのまま髪に留めた。


鏡を見る。


紅葉は小さく笑った。


過去の自分と同じではない。


誰かに決められた自分でもない。


今日、自分で選んだものだった。


端末が一度だけ光る。


【旧関係:参照】


【現在関係:更新】


【所属:未確定】


【次回行動:未設定】


紅葉は画面を閉じた。


そして、髪飾りを外さなかった。


名前のない関係でも。


まだ決まっていない未来でも。


今ここにある時間だけは、自分で選べる。


その夜。


七番の端末にも、一通のメッセージが届いた。


――今日は、楽しかった。


七番は少し笑った。


そして返信する。


――僕も。


それ以上は書かなかった。


まだ、二人には急ぐ必要がなかった。

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