第九章 三人なら、少しくらい間違えてもいい
白い修正執行体が、一斉に動いた。
赤い光が、倉庫の中を走る。
「右!」
紅葉が叫んだ。
林夏が横へ飛ぶ。
光線が床を削った。
続けて、月白の足元にも一本の線が走る。
月白は後ろへ跳んだ。
「危ない!」
「分かってる!」
林夏が鉄パイプを振り上げた。
ガンッ!
白い機械の腕に直撃する。
金属音が響いた。
「……硬っ!」
林夏の手が痺れる。
修正執行体は、ほとんど動かなかった。
「林夏、下がって!」
月白が手を伸ばす。
青い光が彼女の指先に集まった。
次の瞬間。
光の刃が、機械の胸部を斜めに切り裂いた。
白い外装が吹き飛ぶ。
しかし。
機械は倒れなかった。
「嘘だろ」
林夏が呟く。
「再生する」
紅葉が答えた。
「命軌を基準に構築された機体だから、普通の破壊では止まらない」
「じゃあ、どうする?」
「核を壊す」
「どこ?」
「分からない」
「また?」
林夏が叫んだ。
「今日は『分からない』が多すぎる!」
紅葉は笑わなかった。
その目は、機械だけを見ている。
「……私が止める」
紅葉が走り出した。
刃が白い機体を切り裂く。
一体。
二体。
三体。
紅葉の動きは速かった。
無駄がない。
迷いもない。
けれど。
彼女の動きは、まるで最初から決められた振り付けのようだった。
右。
左。
斜め。
回転。
攻撃。
防御。
そのすべてが正確すぎた。
月白は、それに気づいた。
「紅葉!」
「何?」
「今の動き……」
「どうした?」
「自分で選んでる?」
紅葉の刃が止まった。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
修正執行体の腕が彼女の肩をかすめた。
「紅葉!」
林夏が鉄パイプを投げた。
ガンッ!
機械の腕が逸れる。
紅葉が後ろへ飛んだ。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
「嘘」
「え?」
「血が出てる」
紅葉の肩から、赤い血が流れていた。
林夏は彼女の前に立った。
「後ろにいて」
「嫌」
「俺は修理屋だから」
「関係ない」
「ある」
林夏は鉄パイプを握り直した。
「怪我人を増やすの、好きじゃないんだよ」
紅葉は林夏の背中を見つめた。
月白も隣に立った。
「三人でやろう」
「……」
「一人で全部やらなくていい」
紅葉は何も言わなかった。
そして、ゆっくり刃を構え直した。
「分かった」
三人が並ぶ。
修正執行体が、一斉に襲いかかる。
林夏が前へ出る。
鉄パイプで一体の攻撃を受け流す。
月白が横から光刃を叩き込む。
紅葉が背後へ回り、核を狙う。
三人の動きは、決して完璧ではなかった。
何度もぶつかる。
何度もタイミングを外す。
林夏が月白の足を踏む。
「痛っ!」
「ごめん!」
月白が紅葉の肩にぶつかる。
「ごめん!」
「いい!」
紅葉が林夏の頭上を刃で斬る。
「危なっ!」
「避けて」
「先に言って!」
それでも。
三人は少しずつ噛み合っていった。
決められた動きではない。
誰かが失敗すれば、別の誰かが補う。
誰かが遅れれば、別の誰かが待つ。
誰かが間違えれば、その場でやり直す。
そして。
最後の一体が動きを止めた。
紅葉の刃が、その胸の中心へ突き刺さる。
赤い光が消えた。
白い機体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
静かになった。
三人とも、その場に立ったまま動かなかった。
やがて。
林夏が鉄パイプを床に置いた。
「……疲れた」
月白が笑う。
「私も」
紅葉も息を整えながら言った。
「……私も」
林夏が紅葉を見る。
「今、ちょっと笑った?」
「笑ってない」
「笑っただろ」
「気のせい」
「絶対笑った」
紅葉は顔を背けた。
そのとき。
倉庫の天井に浮かんでいた三本の命軌が、さらに強く輝いた。
一本。
二本。
三本。
絡み合いながら、ゆっくりと新しい形を作っていく。
月白が見上げた。
「……おかしい」
「何が?」
「私たちの命軌」
紅葉も見上げる。
「交差してる」
「うん」
「こんなこと……」
紅葉の声が止まった。
彼女の脳裏に、過去の記憶が浮かんだ。
命運修正機構に入った日のこと。
白い部屋。
何人もの人間。
そして、一枚の書類。
そこにはこう書かれていた。
――あなたの人生には、すでに必要な役割が与えられています。
当時の紅葉は、それを疑わなかった。
役割があれば迷わなくていい。
命令があれば、選ばなくていい。
そう思っていた。
でも。
今。
自分は命令に背いている。
月白を殺さなかった。
林夏を排除しなかった。
そして、自分自身も修正対象になった。
「……私」
紅葉が呟いた。
「どうした?」
林夏が聞く。
「初めてかもしれない」
「何が?」
「自分で選んだの」
林夏は何も言わなかった。
月白も、何も言わなかった。
ただ、二人とも紅葉を見ていた。
紅葉は少しだけ笑った。
「悪くない」
「何が?」
「自分で選ぶって」
林夏は笑った。
「だろ?」
その瞬間。
倉庫の奥で、何かが落ちた。
――カラン。
三人が振り向く。
壊れた修正執行体の残骸。
その胸部から、小さな黒い結晶が転がり出ていた。
月白が近づく。
「これは……」
結晶の中に、一つの映像が浮かぶ。
古い街。
雨。
そして。
一人の少女。
月白によく似ている。
しかし。
その隣には――
林夏でも。
紅葉でもない。
見知らぬ男が立っていた。
男は、少女に向かって静かに言っていた。
『君が死ぬことは、もう決まっている』
映像が途切れた。
三人は黙った。
月白の顔から、血の気が引いていく。
「……あの人」
林夏が聞いた。
「知ってる?」
月白は答えなかった。
ただ。
震える声で、一言だけ言った。
「私が……一番会いたくない人」




