第81章 雨の日の隣
朝から。
雨が降っていた。
窓を叩く音が。
いつもより大きい。
月白は。
店の入口で立ち止まった。
「……雨」
「うん」
林夏は。
外を見ながら言った。
「今日は出かけるの、やめる?」
月白は。
少し考えた。
昨日までなら。
残念に思ったかもしれない。
でも。
今日は。
そうでもなかった。
「うん」
「じゃあ、店にいる?」
「うん」
林夏は笑った。
「じゃあ今日は、何もしない日」
「それもいいね」
⸻
午前中。
客は来なかった。
雨は。
ずっと降っている。
林夏は。
修理台に座っている。
月白は。
本を読んでいる。
時々。
雨の音だけが聞こえる。
月白は。
本から顔を上げた。
「林夏」
「ん?」
「静かだね」
「雨だからな」
「うん」
また。
本に目を戻す。
しばらくして。
林夏が言った。
「眠くない?」
「少し」
「寝れば?」
「また?」
「今日は誰も来ないし」
月白は。
少し笑った。
「じゃあ、少しだけ」
ソファに座る。
目を閉じる。
雨の音が。
近くに聞こえる。
しばらくして。
月白は眠った。
⸻
一時間ほどして。
目を開ける。
最初に見えたのは。
林夏だった。
「起きた?」
「うん」
「お腹空いた?」
月白は。
少し考える。
「……少し」
「俺も」
林夏は。
立ち上がった。
「何か作るか」
「料理できるの?」
「簡単なものなら」
「何?」
「チャーハン」
月白は。
笑った。
「また?」
「簡単だから」
「じゃあ、私も手伝う」
「いいよ」
「どうして?」
「包丁危ないから」
月白は。
少し不満そうにする。
「私だって使えるよ」
「知ってる」
「じゃあ」
「今日は俺が切る」
「……分かった」
⸻
厨房。
林夏が野菜を切る。
月白は。
横で卵を割る。
「これくらい?」
「うん」
「多くない?」
「多いほうが美味しい」
「本当?」
「俺の経験」
「信用していいのかな」
「たぶん」
月白は。
笑った。
「たぶんなんだ」
「料理は感覚だから」
「便利な言葉」
二人で。
小さく笑う。
⸻
完成したチャーハンを。
二人で食べる。
「……美味しい」
月白が言った。
林夏は。
少し得意そうな顔をした。
「だろ?」
「うん」
「やっぱり俺、料理の才能あるな」
「そこまでじゃない」
「厳しい」
「でも」
月白は。
もう一口食べる。
「また食べたい」
林夏は。
少しだけ黙った。
「じゃあ、また作る」
「うん」
⸻
午後。
雨は。
まだ止まない。
月白は。
本棚の前に座っている。
林夏も。
その隣に座った。
二人の肩が。
軽く触れる。
どちらも。
離れなかった。
月白が。
本を開く。
「昨日の続き」
「俺も」
「読む?」
「うん」
二人で。
同じ本を読む。
林夏が。
ページをめくる。
月白が。
少し近づく。
「ここ」
「ん?」
「この前話してたところ」
「どこ?」
月白が。
指を置く。
林夏が。
その指先を見る。
距離が。
近い。
「……近いね」
「そう?」
「うん」
月白は。
少しだけ離れようとした。
けれど。
林夏が。
「別に、そのままでいいよ」
と言った。
月白は。
動かなかった。
「……うん」
二人で。
そのまま本を読んだ。
⸻
夕方。
ようやく雨が弱くなった。
林夏が。
窓の外を見る。
「止みそう」
「うん」
「帰る?」
月白は。
少し黙った。
「……もう少しいてもいい?」
林夏は。
すぐに答えた。
「いいよ」
月白は。
少し笑った。
「ありがとう」
「何で?」
「分からない」
「また?」
「うん」
⸻
夜。
雨は。
完全に止んでいた。
月白が。
帰る準備をする。
「今日は」
林夏が言った。
「うん?」
「結局、どこにも行かなかったな」
月白は。
店の中を見る。
本棚。
修理台。
二人で食べた食器。
そして。
窓の外の濡れた街。
「でも」
月白は。
笑った。
「楽しかった」
林夏も。
笑う。
「俺も」
月白は。
扉の前で立ち止まる。
「今日みたいな日」
「うん?」
「またあってもいいね」
「毎日でもいい」
月白は。
少し驚いた。
「毎日?」
「雨の日はチャーハン」
「雨じゃなくても?」
「じゃあ、雨じゃない日は別のもの」
月白は。
笑った。
「じゃあ、楽しみ」
「うん」
月白が。
扉を開ける。
外へ出る。
少し歩いてから。
振り返る。
林夏は。
まだそこにいる。
「おやすみ」
「おやすみ」
扉が閉まる。
⸻
その夜。
月白は。
ベッドの中で。
今日のことを思い出した。
出かけなかった。
何も特別なことはしなかった。
それなのに。
今日という一日が。
不思議なくらい。
大切に思えた。
月白は。
目を閉じる。
「……こういう日も」
小さく呟く。
「好き」
その言葉が。
誰に向けたものなのか。
自分では。
もう分かっていた。
一方。
万事修理店では。
林夏が一人。
今日使った食器を片付けていた。
ふと。
二人で座っていた本棚を見る。
そして。
何となく笑った。
「明日は晴れるかな」
誰も答えない。
それでも。
林夏は。
明日のことを考えていた。
月白と。
何をするか。
まだ決まっていない。
それでいい。
決めていないからこそ。
明日になってから。
また二人で決められる。
そう思った。




