第78章 明日の予定
翌朝。
林夏は。
昨日借りた本を持って。
店の前に立っていた。
時計を見る。
まだ約束の時間より早い。
「……また早く来すぎた」
昨日と同じだった。
けれど。
今日は。
少し違う。
待つことが。
嫌ではなかった。
⸻
扉が開く。
「おはよう」
月白だった。
「おはよう」
林夏が本を見せる。
「返す」
「もう読んだの?」
「半分」
「半分?」
「続きは今日読む」
月白は。
少し笑った。
「じゃあ、まだ返せないね」
「そうなるな」
「じゃあ、今日は一緒に読もう」
「いいよ」
二人は。
店の中へ入った。
⸻
午前中。
客は来なかった。
二人は。
本棚の前に並んで座った。
林夏が本を読む。
月白は。
その横で別の本を読む。
時々。
同じページを覗く。
「ここ」
月白が言う。
「うん?」
「この文章」
「何?」
「好き」
林夏が。
その一行を見る。
「俺には難しい」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、説明する」
月白は。
少し嬉しそうに話し始めた。
林夏は。
ちゃんと聞いている。
途中で。
少しだけ眠そうな顔をした。
「眠い?」
「ちょっと」
「寝てもいいよ」
「でも聞きたい」
月白は。
笑った。
「じゃあ、もう少しだけ」
⸻
昼。
林夏が立ち上がる。
「飯」
「何食べる?」
「昨日のケーキがまだ残ってる」
「それはおやつ」
「じゃあ、飯を食べてからケーキ」
「いいよ」
二人は。
近所の食堂へ向かった。
⸻
食堂。
昨日とは違う店。
二人で注文する。
料理が来るまで。
月白が窓の外を見る。
「明日」
「うん?」
「何する?」
林夏は。
箸を持ったまま考えた。
「明日?」
「うん」
「まだ決めてない」
「そう」
月白は。
少し考える。
「じゃあ」
「うん?」
「明日も一緒にいよう」
林夏は。
すぐに頷いた。
「いいよ」
「どこか行く?」
「行ってもいい」
「行かなくても?」
「いい」
月白は。
少し笑った。
「じゃあ、明日も決めない」
「それでいい」
⸻
食事を終える。
店へ戻る途中。
林夏が言った。
「月白」
「うん?」
「明日の予定」
「うん」
「『月白と一緒にいる』でいい?」
月白は。
足を止めた。
「……うん」
林夏は。
何でもないように歩き続ける。
月白は。
その背中を見て。
小さく笑った。
「それでいい」
⸻
午後。
店に戻ると。
紅葉がいた。
「遅い」
「飯食ってた」
「二人で?」
「うん」
紅葉は。
少しだけ眉を上げる。
「最近、本当に二人でいることが増えたね」
林夏は。
何も考えずに答えた。
「うん」
月白は。
少しだけ恥ずかしそうに笑う。
紅葉は。
その表情を見る。
「……楽しそう」
「楽しいよ」
月白が答えた。
紅葉は。
一瞬だけ黙った。
「そう」
そして。
自分の鞄から小さな紙袋を出した。
「これ」
林夏に渡す。
「何?」
「昨日のケーキ屋」
「また?」
「違う」
紅葉は。
月白を見る。
「月白にも」
「私?」
「うん」
月白が受け取る。
「ありがとう」
「別に」
紅葉は。
そっぽを向いた。
「三人で行けなかったから」
林夏が笑う。
「優しいな」
「うるさい」
⸻
夜。
月白が帰る前。
本棚の前に立つ。
昨日まで空いていた場所に。
今日買った本を一冊置いた。
林夏が見る。
「そこに置くの?」
「うん」
「いいの?」
「いいよ」
「じゃあ、俺の本も置こう」
林夏が。
自分の本を一冊置く。
二人の本が。
隣り合って並んだ。
月白は。
それをしばらく見ていた。
「……なんか」
「うん?」
「本当に一緒に住んでるみたい」
林夏は。
少し驚いた顔をした。
「そう?」
「うん」
月白は。
少し慌てて付け加える。
「本だけだよ」
「分かってる」
「……ならいい」
二人は。
笑った。
⸻
月白が帰ったあと。
林夏は。
本棚をもう一度見る。
二人の本。
その隣には。
まだ空いている場所がある。
林夏は。
そこに手を置いた。
「明日、何置こうかな」
少し考えて。
笑った。
「まあ、明日考えればいいか」
⸻
夜。
月白は。
ベッドの中で。
今日のことを思い出していた。
明日の予定。
どこへ行くかは決まっていない。
何をするかも。
決まっていない。
ただ。
一緒にいる。
それだけ。
昔の月白なら。
そんな予定を。
予定とは呼ばなかったかもしれない。
でも今は。
違った。
月白は。
枕元に置いた本を見る。
そして。
小さく呟いた。
「明日も会える」
その言葉が。
思ったより嬉しかった。
明日のことは。
まだ何も決まっていない。
それでも。
一つだけ。
もう決まっていることがある。
明日も。
二人でいる。
それだけだった。




