第71章 待っていたこと
翌朝。
月白は。
いつもより少し早く起きた。
理由は。
自分でも分からなかった。
昨日。
林夏と二人で出かけた。
ただそれだけ。
特別な約束をしたわけでもない。
それなのに。
目が覚めた瞬間。
昨日のことを思い出した。
パン屋。
公園。
定食。
帰り道。
そして。
最後に言った言葉。
――明日も一緒にいられたらいいな。
月白は。
枕に顔を埋めた。
「……何考えてるんだろ」
少しして。
店へ向かった。
⸻
万事修理店。
扉を開ける。
「おはよう」
「おはよう」
林夏は。
机の前で何かを食べていた。
「朝ご飯?」
「うん」
「何?」
「昨日買ったパン」
月白は。
少しだけ期待して聞いた。
「……今日、どこか行く?」
林夏はパンを食べながら。
首を傾げた。
「今日は仕事する」
「……そう」
「どうした?」
「何でもない」
「また?」
「うん」
月白は椅子に座った。
林夏は。
何も気づいていない。
月白は少しだけ頬を膨らませた。
⸻
午前中。
修理の依頼が一件入った。
古いラジオだった。
林夏が作業を始める。
月白はその横に座っている。
「昨日」
「ん?」
「楽しかった?」
「うん」
「また行きたい?」
「行きたい」
月白の顔が少し明るくなる。
「じゃあ――」
「今度は紅葉も誘おう」
「……」
月白の表情が止まった。
「そう」
「三人なら紅葉も暇だろ」
「……うん」
林夏はラジオを分解している。
「澪も誘えば四人になるな」
「そうだね」
「ユウは学校だから、週末かな」
「……そうだね」
月白は。
小さく笑った。
「みんなで行けるといいね」
「うん」
それ以上。
何も言わなかった。
⸻
昼。
紅葉が戻ってきた。
「何食べる?」
林夏が聞く。
「何でもいい」
「じゃあラーメン」
「昨日食べたんじゃないの?」
「俺は今日も食べる」
「……」
紅葉は月白を見る。
月白は黙っている。
紅葉は。
何となく察した。
「今日は私、ラーメン食べたい」
林夏が笑う。
「珍しい」
「悪い?」
「いや」
「じゃあ行く」
紅葉が月白を見る。
「月白も?」
月白は。
少し迷って。
「うん」
「じゃあ三人で」
林夏が立ち上がる。
月白も立つ。
紅葉も。
三人で店を出る。
⸻
ラーメン屋。
昨日と同じ店だった。
林夏が席を見つける。
「ここ」
三人で座る。
店員が。
昨日の林夏と月白を見つけた。
「あ」
月白が少し固まる。
店員は笑った。
「昨日のお二人ですね」
林夏が答える。
「はい」
紅葉が見る。
「昨日?」
店員が気づく。
「あ、すみません」
月白は。
少し恥ずかしそうに笑う。
「大丈夫です」
店員は注文を取りに行った。
紅葉は。
何も言わなかった。
林夏がメニューを見る。
「何食べる?」
「同じ」
月白が答える。
「昨日の?」
「うん」
紅葉が言う。
「私も同じ」
林夏が笑う。
「三人とも?」
「そう」
料理が来る。
三人で食べる。
会話は普通だった。
でも。
月白は。
昨日とは少し違う感覚を覚えていた。
昨日は。
林夏と二人だった。
今日は。
紅葉がいる。
それだけの違いなのに。
少しだけ。
物足りない。
そのことに気づいて。
月白自身が驚いた。
⸻
帰り道。
紅葉が先に歩いている。
林夏と月白が後ろ。
紅葉が振り返る。
「二人とも遅い」
「今行く」
林夏が答える。
紅葉は先へ進む。
月白が小さく言った。
「ねえ」
「ん?」
「昨日のほうが」
「うん?」
「……静かだったね」
林夏は笑った。
「そりゃ二人だったからな」
「うん」
「今日も楽しいだろ?」
「楽しいよ」
月白は。
少し間を置いて。
「でも」
林夏を見る。
「昨日とは違う」
「当たり前だろ」
「そうだね」
月白は笑った。
「それだけ」
⸻
その夜。
店の中。
林夏は片付けをしていた。
月白が。
隣で皿を洗っている。
「林夏」
「ん?」
「明日」
「うん」
「暇?」
「たぶん」
月白は。
少しだけ勇気を出す。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「……どこか行く?」
林夏は考える。
「いいよ」
月白の顔が明るくなる。
「本当?」
「うん」
「二人で?」
「二人で」
月白は。
小さく笑った。
「分かった」
その時。
紅葉が店の奥から出てきた。
「何の話?」
林夏が答える。
「明日、月白と出かける」
紅葉は。
一瞬だけ止まった。
「……そう」
「紅葉も来る?」
「いい」
「なんで?」
「二人で行けばいいじゃん」
林夏は首を傾げる。
「そう?」
「うん」
紅葉は笑った。
「私は別の用事があるから」
そして。
店の奥へ戻っていった。
月白は。
紅葉の背中を見ていた。
「……」
林夏が言う。
「どうした?」
「何でもない」
「また?」
「うん」
⸻
夜。
月白は。
自分の部屋で。
明日の服を選んでいた。
何を着ても。
別に変わらない。
そう思う。
でも。
なぜか。
いつもより時間がかかった。
一方。
林夏は。
自分の部屋で。
いつもの服を出した。
そして。
そのまま寝た。
翌朝。
月白は。
少し早く店へ行った。
林夏は。
まだ来ていなかった。
月白は椅子に座る。
しばらく待つ。
十分。
二十分。
三十分。
林夏が入ってくる。
「おはよう」
「おはよう」
「待った?」
「……少し」
林夏は時計を見る。
「ごめん」
「いいよ」
「朝飯食べる?」
月白は。
思わず笑った。
「食べる」
「じゃあ行こう」
二人は店を出る。
昨日と同じように。
並んで歩く。
でも。
今日は。
昨日とは少し違う。
月白は。
自分から林夏を誘った。
林夏は。
その意味を知らない。
それでも。
月白は。
それでいいと思った。
今は。
まだ。
それでいい。
二人の距離は。
昨日より。
ほんの少しだけ。
近かった。




