第67章 確かめないということ
翌朝。
林夏は。
昨日の自転車を店の前に出した。
「行くか」
月白が聞く。
「どこへ?」
「警察」
「持っていくの?」
「相談だけ」
自転車を押して歩く。
澪と紅葉も後ろからついてくる。
ユウは学校があるので。
今日は一緒ではない。
四人で歩いていると。
紅葉が言った。
「しかし」
「ん?」
「結局、持ち主は分からなかったな」
「分からないものは分からない」
林夏はそう答えた。
「でも、昨日より情報は増えた」
澪が言う。
「所有者ではない人が二人来た」
「それも情報か」
「うん」
「じゃあ、少しずつ分かってる」
月白が笑った。
「でも、答えには近づいてないね」
「そういうこともある」
警察署に着く。
林夏が事情を説明した。
自転車を拾った場所。
店に置かれていたこと。
持ち主が現れなかったこと。
警察官は自転車を確認した。
防犯登録の番号を調べる。
しばらくして。
「登録があります」
林夏が顔を上げる。
「持ち主、分かりました?」
「登録上の所有者は分かります」
警察官は端末を見る。
「ただ」
「ただ?」
「この登録情報は古いです」
「古い?」
「十年以上前です」
紅葉が少し驚く。
「十年?」
警察官は頷く。
「登録者は現在、住所が変わっています」
「連絡できますか?」
「確認してみます」
しばらく待つ。
電話をかける。
しかし。
繋がらない。
もう一度。
繋がらない。
警察官は電話を置いた。
「現在の連絡先は確認できません」
林夏が聞く。
「じゃあ、この自転車は?」
「正式な手続きを取れば、一定期間保管します」
「持ち主が来なかったら?」
「その後の扱いは手続きに従います」
林夏は頷いた。
「分かりました」
帰ろうとした時。
警察官が言った。
「もし心当たりがあるなら」
「はい」
「その方に直接確認することもできます」
林夏は少し考えた。
澪が横から見る。
紅葉も黙っている。
月白は何も言わない。
林夏は。
首を横に振った。
「いえ」
警察官が不思議そうにする。
「確認しないんですか?」
「今は」
林夏は自転車を見る。
「そこまでしなくていいと思います」
「……そうですか」
「登録上の所有者が分かったなら、あとは警察に任せます」
「分かりました」
四人は警察署を出た。
外は晴れていた。
紅葉が最初に口を開く。
「どうして確認しなかった?」
「何を?」
「登録者が本当に持ち主なのか」
林夏は歩きながら答えた。
「分からないから」
「だから確認するんだろ」
「違う」
「何が?」
林夏は少し考えた。
「確認したら、必ず答えが出るとは限らない」
澪が黙って聞いている。
「電話に出るかもしれない」
「うん」
「出ないかもしれない」
「うん」
「出ても、もう自分の物じゃないって言うかもしれない」
「それもある」
「逆に、登録を見て『自分の物だ』と言うかもしれない」
紅葉が言った。
「じゃあ、それでいいじゃない」
林夏は首を振る。
「それでも」
「……」
「本人が何を言ったとしても、それが今の所有権を全部説明するとは限らない」
澪が小さく頷いた。
「確認と確定は違う」
「そう」
林夏は笑う。
「だから、確認しないほうがいい時もある」
紅葉は少し考える。
「面倒だから?」
「それもある」
「……」
「でも」
林夏は空を見た。
「知ったら、こっちが何か決めなきゃいけなくなることもあるだろ」
澪が聞く。
「知らないことで、選択を残す?」
「たぶん」
月白が言った。
「それって」
三人が見る。
「知りたくない、ということとは違うよね」
林夏は頷いた。
「違うと思う」
「じゃあ?」
「知りたいけど、今は確かめない」
月白は。
少しだけ笑った。
「それなら分かる」
その時。
澪の端末が鳴った。
【確認行動】
【実行されず】
【情報取得】
【不完全】
そして。
新しい表示。
【未確認情報】
【本人選択による維持】
澪は画面を見る。
「……また変わった」
紅葉が覗き込む。
「今度は何?」
「システムが『確認しない』ことを、情報不足として処理していない」
「じゃあ?」
「選択として記録してる」
林夏は笑った。
「やっと分かってきたな」
「誰が?」
「システム」
紅葉が呆れた。
「お前、システムに教育してるのか?」
「知らない」
「知らないのに?」
「俺も勉強中だからな」
午後。
万事修理店に戻る。
自転車は警察の手続きが終わるまで預かることになった。
林夏は札を書き直した。
【警察確認済み】
【所有者:登録あり】
【現在の所有状況:未確認】
月白が見る。
「これでいい?」
「今分かってることだけ書いた」
「余白が多いね」
「分からないところだからな」
その時。
店の扉が開いた。
昨日の少年だった。
「あ」
林夏が振り返る。
「どうした?」
少年は店の中を見る。
自転車がある。
「まだある?」
「うん」
少年は少し安心したような顔をした。
「よかった」
林夏が聞く。
「乗りたい?」
少年は首を振る。
「ううん」
「じゃあ?」
少年は少し迷った。
「昨日、家で写真を見た」
「うん」
「やっぱり違った」
林夏は頷いた。
「そっか」
「だから」
少年は自転車を見る。
「もう、確かめなくていい」
林夏は何も言わなかった。
少年は。
自転車を見ながら続ける。
「父さんのだったら、嬉しかったかもしれない」
「うん」
「でも、違ったから」
少年は少し笑った。
「違うって分かっただけでいい」
林夏は頷く。
「それも一つの答えだな」
少年は店を出ていった。
端末は。
何も記録しなかった。
澪が画面を見る。
「記録されない」
「何が?」
「今の少年の選択」
「どうして?」
「本人が端末を見ていないから」
林夏は笑った。
「じゃあ」
「うん?」
「記録されなくても、本人が選んだならいいだろ」
澪は。
しばらく画面を見つめていた。
そして。
端末を伏せた。
「そうだね」
夕方。
月白が店の掃除をしている。
林夏は時計を直している。
紅葉は椅子に座って本を読んでいる。
澪は端末を閉じている。
誰も。
特別なことをしていない。
しばらくして。
月白が言った。
「ねえ」
「ん?」
「私たちのことも」
「何?」
「全部、確かめなくてもいいのかな」
林夏は時計から目を離さない。
「何を?」
月白は答えなかった。
林夏も聞かなかった。
しばらくして。
月白が笑う。
「……ううん」
「そっか」
それだけだった。
夜。
店を閉める。
最後に澪が端末を確認する。
新しい記録が一つ。
【確認可能】
【確認行動:なし】
【理由:本人選択】
その下に。
これまでにはなかった項目が表示されていた。
【確認しないことによって】
【失われた情報:不明】
【得られた情報:不明】
【評価:不能】
そして。
最後の一行。
【不能であることを、問題として扱わない】
澪は。
その画面をしばらく見ていた。
それから。
端末の電源を切った。
外へ出る。
夜空には。
雲が少しだけ残っていた。
林夏が先に歩いている。
「帰るぞ」
月白が続く。
「うん」
紅葉も歩き出す。
澪も。
最後に店の扉を閉める。
鍵がかかる。
その瞬間。
誰も確認しなかった。
明日がどうなるのかを。
それでも。
四人は。
それぞれの足で。
同じ夜道を歩いていた。




